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詩集 天国の地図 / 神戸 俊樹

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詩集・天国の地図(文芸社から頂いた書評一部抜粋)。

*作者が20歳から28歳までの間に綴られた、全62作品からなる詩集である。「あとがき」によれば、作者が詩に興味を持ったのは20歳の時だという。そして、最初に手にした詩集は『伊藤整詩集』と『高見順の死の淵より』の2冊だったとも記されている。
作者は幼いころ「心臓弁膜症」に罹患し、最初に手術を受けた時のことを回想して、『手術台に上がれば』を書いたとのことである。それをきっかけに、いつの間にか62作品の詩が出来上がっていたらしい。そして、心臓弁膜症に起因するうつ病を患い、現在は回復の途上にあると記されている。ここに本作品群の最大の特質があると言えるだろう。
「うつ病」を克服し、社会復帰を目指す作者の個人史が、その内面の必然性によって詩文の形に表出した、痛切ながら鮮やかな「青春物語」なのである。
*「記念すべき最初の詩」と作者自身が言う『手術台に上がれば』は、純粋な孤独感を表現した作品と言えるだろう。社会的な関係によって成立する作者の日常世界が、手術という出来事によって断ち切られ、それによって自覚された意識の反復が、言語世界として抽象化されている。
「けたたましい車の騒音が/私の耳をつんざく/ああ――/今日もまた彼等は/あの騒がしいラッシュアワーの中を/仕事に出掛けて行く/愚かな独り言を呟いて/私は又眼を閉じた」―― 「私」は「彼等」とは異なる世界に疎隔されている。かつては自分も所属し、ほとんど意識することもなかった日常世界、それが今は決定的に遠いものとなり、 もはやそこに自分の居場所はない。断念と諦念、その後に訪れた孤絶感の淵に作者は重く佇んでおり、本作品はそれを見事に描き切っているのである。

*『偽りの蒼い空』や『不安』といった作品も強く印象に残る。『偽りの蒼い空』は、破綻した「愛」を扱った詩である。 「荒涼とした海の上を/私の魂は彷徨っている/現在と過去が綾取りをして/記憶の中を交錯している」といった部分では、青春の詩人・ランボーやヘルダーリンを彷彿とさせる、青春期のたゆたうような精神の「彷徨」が率直に表現されていると言えるだろう。また。『不安』では、「宿命」的な「病」への罹患体験 を経て、作者はその奥に「原罪」を見出していく。「眼に見えなく/形のないものが/僕の背中に横たわっている/それは/ずっしりと重く/動かない」―― 「不安」とは、無根拠に人間の精神を蝕み、苦しめ、抑圧するものである。それを作者は「原罪」と読み替えて解こうとしているのである。

*表題作『天国の地図』は、「死」という非日常の実感を「日常」世界に取り込んでしまった、作者にしか表現することのできない、洒脱で、距離感をもった作品と言えるだろう。
実際には余人の想像を大きく上回る苦しみであったに違いない。だが、作者は自己を「他者」として捉える視座を保っており、詩文には見事な距離感が達成されているのである。重みと痛切さの中にも洒脱さが感じられる所以である。
同様の苦しみの中にある読者なら大いに勇気づけられるだろうし、それ以外の人々も深く共感することだろう。


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二人のメロディー。 

二人のメロディ


便り途絶えた あの娘は何処に
風が運んだ うわさを聞けば
想い出の小径
流れるメロディー
二人 口ずさんで歩いたね

君の名前で 預けたボトル
空になったら 戻っておいで
想い出酒場
たたずむ メロディー
忘れる事など なかったよ

うわさばかりを 追い掛けて
見知らぬ街を さまよった
君のうた声
二人の メロディー
探してここまで 来ちゃったよ

二人のメロディー 流れるメロディー
寄せては返す波のように
想い出メロディー 君へのメロディー
あああー 今夜も一人 口ずさむ


※誰にでも想い出の曲はありますよね、私の場合は因幡晃の「わかって下さい」でした。若かりし10代の頃に大失恋した当時を想い出します。

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入院ゼロまでのカウントダウン。 

三井記念病院

 時の流れは想像以上に早く感じるもので、今年も余すところ後1ヶ月と少し。昨年を振り返ってみると丁度今頃は心不全で三井記念病院に入院中であった。年の始めになると毎年のように抱負を語るが、今年もやはり「入院しない」だった。その抱負がもう少しで現実のものになろうとしている。
 過去5年間を振り返ってみると、2012年は1月の循環器外来時、心臓が肥大していたため入院を勧められたが、愛猫タラがいたため入院を断り自宅にて静養。それも入院に含めれば100%の確立で入院を余儀なくされていた。
 最も酷かったのは2013年1~4月に掛けて。既にご存知の方も多いと思うが、私の長い闘病履歴から見れば「万事休す」そのものだったのが脳梗塞である。右半身が完全に麻痺した時の恐怖は簡単に言葉で表せるものではない。然しながら幼い頃から強運の持ちである私はこの時も奇跡的な復活を果たした。
 僅か10日で退院出来、喜び勇んでいたのも束の間で退院から1ヶ月で心不全のため救急搬送、約1ヶ月の入院治療で4つの心臓疾患に加えて慢性腎不全と言う厄介な病名が追加されてしまい、これまで以上に水分管理・食事制限が厳しいものとなった。そしてその年3回目の入院は4月下旬、やはり心不全だった。
 それ以降は毎年11~12月になると救急車を呼ぶ羽目に…。これらは全て自己管理を怠ったための謂わば自業自得の結果であったが、将来的に3回目の心臓手術も視野に入れる可能性が浮上した時、これまでの情けない自分を戒めるように決意を現実のものにする覚悟を決めた。
 病気は自分一人で乗り越えられるものではない。そこには多くの医療関係者、友人、知人、そして同じような悩みを抱える仲間たちがいる。その存在なくして今の自分は有り得ないだろうし、今年の抱負に現実味が増して来たのも応援してくれる有り難い仲間がいるからだ。
 今年も多くの善意に助けられ、感謝の極みである。そして入院を回避出来た事は将来に向けて大きなステップとなり、新たな希望の光と自信に繋がってくれるだろう。今年がまだ終わった訳ではない、手綱を引き締めて油断せぬよう残りの日々を送りたいと思う。

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グッバイ、たまねぎりりィ…。 

りりィ


 その類まれなるハスキーボイスで聴く者たちを魅了し続けて来た歌手で女優のりりィ(本名・鎌田小恵子)さんが11日、肺がんのため死去。享年64歳だった。
 米軍の将校だった父親と日本人の母親を持つハーフだった事もあり、日本人離れした美貌と音楽センスの良さでデビュー当時からその頭角を現していた。
 1972年アルバム『たまねぎ』でデビューしたが、当時はデビュー作がアルバムと言うのは非常に珍しい事でもあった。その2年後の74年に『私は泣いています』が100万枚近いセールスを記録するなど大ヒットして、彼女の名前は世間に広く知れ渡る事となり一気にスターダムに上り詰める事となった。
 女優としても早くからその才能を認められ数多くのドラマや映画に出演し、その場に佇むだけで絵になるなど、台詞が要らないほどの存在感に監督たちは圧倒されていたようである。私は彼女のデビュー作『たまねぎ』に強烈な印象を受けていたため、今でも彼女の事を『たまねぎりりィ』と呼んでいる。
 彼女の歌声を初めて聴いた時、「ジャニス・ジョプリン!」と思わず叫んでしまった。和製ジャニス・ジョプリンと言えば『カルメン・マキ』を思い起こすだろうが、私の中ではりりィ=ジャニスの再来だと思っている。
 そしてまたアングラの女王と呼ばれた『浅川マキ』のブルースが最も似合うのもりりィではないかと思う。近年ではドリカムのヴォーカル吉田美和の義母である事などが話題を呼んでいた。煙草が好きだったと聞いていたので、それが死期を早めてしまったのかと思うと悔やまれてならない。
 64歳と言う年齢は歌・演技に関わらず人生においても円熟味が増し、これから益々活躍出来る年代だっただけにその早すぎる訃報は残念としか言いようがない。ここに謹んで故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます(合掌)。

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言葉のスランプ。 

スランプ


 ここ数日、パソコンがとても遠い存在になっている。いつもなら起きれば真っ先にPCの電源を入れるのだが、ベッドから起き上がる事さえ面倒に思え食事もまともに摂っていない。
 プライベートで心配事が重なり、それを起因とする不眠症の傾向が続いている。朝飲むように処方されている大部分の薬が夕方ないし夜になってしまい、一日3回飲む薬が1回か2回で終わってしまうと言う、悪循環ブログ更新にも影響を及ぼし始めている。
 ボブ・ディランのノーベル文学賞について「答えはいつだって風の中にある」と題した記事は文章が全く纏まらず、言葉の端々が断片的に紙屑のように頭の中を乱舞するばかりで、記事としての文体をなしておらず、おそらくこのままお蔵入りとなるだろう。
 ブログを書き始めてから、過去にこのような経験は一度もなかった。ブログのネタが無い訳ではなく、書き記したい事は山ほどあるのに文章を組み立てる気力が湧いて来ないのである。
 そう言いながらも、こうして現在の状況を説明している訳であるが、これが一つの記事として成り立つかどうかは、読者の判断に委ねるしかない。
 わたしは自分の発する言葉に拘りと責任を持っているつもりであるが、時にはそれが独り善がりになり、思わぬ形で人を傷つけてしまう事もあるだろう。
 あらゆる意味に於いて自分が弱っている時は、言葉にもスランプの時期があるのかも知れない。だから書きたい事が書けず、伝えたい事が伝わらず自己嫌悪に陥ってしまう自分がいる。
 この悪循環を早く断ち切って、気負う事なく記事を書き続ける事が出来るよう、今は「休息の時」として捉え、焦る事なく再スタートを切れればよいと思っている。

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祭りで賑わう夜(詩集・天国の地図より)。 

藤枝祭り



祭りで賑わう夜
父は病床に寝たきりの身体を起こして
息子の帰りを
独り静かに待っていた
外は祭りの熱気で溢れているのに
か細くやせ衰えた肩や手が
息子を呼んでいるのに
今夜には帰り筈の息子は
夜更けまで何処かで遊び惚けている
祭り太鼓
父の胸には悲しく響くだけ
帰らぬ息子を想っているのか
自分の憐れさを悲しんでいるのか
隙間風が枕元を通り過ぎて
祭りも終わりを告げるようだった


※末期の肝硬変余命いくばくもない父から呼出され実家へ帰った時、藤枝は4年に一度の大祭だった。その時を回想して作った

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パソコンは忘れた頃に壊れます(ノД`)シクシク。 

不具合

 先日メインで使用していたデスクトップパソコンに不具合が発生。動画のエンコード作業を終え、電源を切りその後1時間ほどしてからブログの管理画面に入ろうと思い電源を入れたところモニターに「NO SIGNAL」の文字が…。つまり映像信号が届いていないと言う状態である。
 こんな事は初めてだったので、取り敢えずモニターの接続ケーブルを疑い、接触不良などの問題がないか確認をし、再度パソコン本体の電源を入れ直した。然し結果は同じで、パソコン本体の全面にあるインジケータが青と赤の点滅を繰り返しており、通常ならハードディスクを読み込む時の点滅に切り替わらない。しかもDVDトレイのスイッチを押しても開かずリカバリーディスクを試す事すら出来ない状態。
 インジケータ点滅中はCPUなどを冷やす冷却ファンが回る音はするのだが…。こうなってしまうと自分の知識や技術力では解決出来ず、夜も遅かったがメーカー(マウスコンピュータ)の24時間サポートへ電話を入れた。
 電話口に出た女性スタッフに事の次第を伝え、スタッフの指示に従いパソコンからマウスキーボードを残しそれ以外のケーブルを全て外した。その状態で電源ON、然し相変わらず「NO SIGNAL」が表示されるだけで、改善の兆しは見えて来ない。モニターパソコン本体のどちらに原因があるのかこの時点では判断出来ないため、別のモニターがあればそちらを試すように言われたが2台使う必要性はないので、1台しか所持していない。そこで気付いたのがテレビにHDMIケーブルを使用してパソコンを繋ぐ事だった。そして早速それを試してみたが結果はやはりテレビ画面は黒いままで信号は送られていない。
 結局のところ修理に出すしかないと言う事に落ち着き、翌々日に佐川急便が大きな箱を持って引取にやって来た。ハードディスクの回転音がしなかった時点で、私は最悪の事態を想定していた。ハードディスクが壊れていれば、C,Dドライブ内のデータは全て消えてしまい、花火や愛猫タラの動画が消えてしまうのが残念でならず、バックアップの重要性を改めて痛感していた。
 そして数日後メーカーから連絡があり、その回答に驚いた。なんとどこも壊れておらず、正常に動作するとの事だった。頭の中が「???」だらけで、一体あの騒ぎは何だったのだろうと首を傾げるばかり。メーカーの担当者も壊れていないので直しようがないと言った様子であったが、念のためOSの再インストールを提案されたが、それを行うと全データが消えてしまうので、そのまま返却してもらうこととした。
 パソコンなどの精密機械は人間の身体と同じでデリケートに出来ている。自分の身体を労るのと同じでパソコンにも愛情を持って日々接することが肝要なのだろう。今回のパソコン騒動はパソコン自身の心の叫びであったのかも知れない。費用は修理した訳ではないので1万以下で済んだが、人間ドックならぬパソコンドックだと思えば安いものである。いずれにせよ、大事なデータはこまめにバックアップする事を皆さんにもお勧めする次第である。

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2016いたばし花火大会in荒川土手。 

花火2016

 8月6日、愛猫タラの癒し効果が背中を押してくれたのか、足取りも軽く花火会場の荒川土手へと出掛けた。家を出たのは16時だが、西台駅から会場まで徒歩で30分程度。夕暮れ時とはいえ、真夏の陽射しが容赦なく照り付けていた。気温は35℃を越えていたと思う。
 僅か10分も歩いただけで首筋が汗で滲んでくる。冷えた緑茶と氷を入れたマグボトルに早くも手を付けた。ほんの少しだけカップに注ぎ、グイッと一息に喉の奥へと流し込む。1日の水分量は厳しく制限されているから、喉の渇きに任せて飲む訳にはいかない。制限されているからこそ単なる緑茶が格別に美味しく感じるのだろう。
 17時少し前に会場に着き、昨年と同様の場所を見つけ、そこで時が来るのを待った。沈みかけた真っ赤な夕陽が背中に痛いほど突き刺さる。花火見学に来る人の殆どは家族、友人同士、そして恋人同士のようなカップルばかりで、私のように一人で花火を観る人はまずいないだろうと思った。
 それでも寂しいとか羨望の眼差しを投げるような気持ちは全くなかった。色とりどりの浴衣を着た若いお嬢さんたちの姿は眼の保養になったし、手を繋いで歩くカップルたちの姿はとても微笑ましく思えた。
 そんな浴衣姿を見て、ある夏の日の情景が浮かび上がって来た。勇樹の母親「ゆみ子」と出会って迎えた最初の夏だった。私は21、彼女は18歳になったばかりであった。安倍川花火大会を見に行く約束をしていたその日、待ち合わせ場所はいつもの「すみやレコード店」。彼女が来るのを待ちながらレコードを物色していた。
 「シュンちゃん、お待たせ」彼女の声に振り向くと、紺色に花火模様を散りばめた浴衣姿が飛び込んで来た。彼女は長い髪を後ろで結びポニーテールにしていた。「浴衣、似合ってるねー、なんかすごく艶っぽい!」、「うん、ありがとう、初めて着たんだよ」そうつぶやきながらはにかんだ。その表情には「シュンに見せたく着てきた」と言わんばかりだったが、そんな気持ちをぐっと堪えているようにも見えた。
 駿府城のお堀を眺めつつ、人混みの波に二人身を任せた。私の右手をぎゅっと強く握りしめるゆみ子、死んでもこの手は離さないといった、熱い愛情が私の心臓にまで伝わって来るようだった。
 時を告げるかのように花火が夜空に向かって打ち上がる。「オオーっ」という歓声とともに見事な花火が舞い散る花びらのように夜空を彩った。「シュン、わたしもあの花火のように咲いてみるね」「うん?う、うんうん…」。「でも、散り際も花火のように潔くね…」。ゆみ子の呟いた言葉に返す言葉も浮かばなかった。愛などという成熟した感情など持ちあわせていなかった。「恋は下心、でもその恋を二人で育てて愛にする」この境地に辿り着くまでどれほど遠回りしただろうか…。
 気が付くと、打ち上げ開始のアナウンスが風に流されそこら中に木霊していた。今年この花火会場に来れたことに感謝、そしてまた来年も同じ場所に訪れようとささやかな願いを込めて。

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なぎさのロックンロール。 

なぎさ


スポットライトが 熱い夜
グラスの向こうに 貴方の笑顔
見付けられたら 幸せよ
覚えておいて 今宵の宴
熱い視線に とろけるボディ
ウォウォウォ 夜明けの投げkiss
イェイェイェ 今夜は返さない

握ったマイクに 滲む汗
流れるビートが ボディを揺らす
貴方の前なら 可愛い女
演じてやっても いいかしら
いつもの台詞で 口説いてよ
ウォウォウォ 恋する胸騒ぎ
イェイェイェ 抱かれて眠りたい

こぶし回せば 演歌の女王
旅で拾った 恋ねぐら
枕に滲む 涙の跡は
破れた恋の 物語り
グラス傾け 夢を呑む
ウォウォウォ なぎさのロックンロール
イェイェイェ 吐息のロックンロール
ヤァヤァヤァ なぎさのロックンロール


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幸せを運ぶ猫(Tara came back)。 

タラ2016

 6月27日、あの愛タラが再び私の元に帰って来た。諸事情により前妻から約二週間預かる事になった訳であるが、2013年1月に脳梗塞で緊急入院した時に、堪り兼ねた前妻がタラを引き取り新潟へ連れて帰って以来だから3年ぶりの再会となった。
 タラが新潟へ行った時、もうタラとは二度と会えないだろうと思っていたので、今回の再会はまさにサプライズ!であった。
 タラは部屋に着くなり押し入れをジッと眺めていたが、思い出したように早速その奥に姿をくらませてしまった。深夜になって押入れの奥から出て来ると、部屋の物色が始まった。一つずつ確認するように、自分の古巣を思い出しているのだろう。パソコン台から押し入れの上の天袋に飛び移ると、自分が最も気に入っていたロフトをじっくり眺めていたが、ひょいっとロフトに飛び移り、そこから私の姿を見下ろしていた。
 3年経っても身軽さは相変わらずで、本来の本能は衰えていないように見えた。ところが、ロフトから下りる事が出来ずに「にゃー、にゃうー」と訴え始めたではないか…。「タラ、下り方を忘れたの?」と問いかけながら、仕草で伝えても一向に下りられない。「あんたはでしょ?」とハシゴを使って私がロフトに上がった。
 タラの目線で初めて天袋を見たのだが、これはかなりの勇気が要る事に気付いた。自分で下りるポーズを何度もするが、もう一歩が踏み出せないのだ。身軽なといえども、やはり人間と同じで決断力や勇気は本能的に備わっているものではなく、日々の努力の積み重ねが動物にも必要なのかも知れないと思った。
 ところで、嵐の如く荒れ狂っていた私の不整脈なのだが、7月20日の循環器外来で主治医も驚くほどすっかり治まっていたのである。不整脈が全く無くなった訳ではないが、「このままでは心臓の寿命が縮む」とまで言われていた重度の不整脈が姿を消してしまったのである。「神戸さん、何かあったの?」と主治医が訊いてくるほどで、確かに6月の末辺りからこれまでになく体調が良くなったのを実感していたが、まさかあの不整脈が劇的に治まっていたとは信じ難く、主治医も首を傾げるばかり。
 「何かあったと言われれば、が帰って来たことですかね…」「うーん、薬よりの方が効果あると言うことか!」微笑しながら納得出来ないといった表情を浮かべる主治医。いずれにせよ、ペット癒し効果が影響していることは間違いないであろう。タラとの二週間はあっという間に過ぎ去ったが、タラはまさに「幸せを運ぶ猫」だと実感した次第である。

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大銀杏が最も似合う横綱(千代の富士を偲んで)。 

千代の富士

 子どもの頃、大鵬・柏戸は絶対に死なないと思っていた。「あんなに強いお相撲さんが死ぬわけない」。この二人の力士は当時の子どもたちにとっては憧れの存在であったし、大人になったら大鵬みたいに強くなりたい…と眼をキラキラと輝かせていた。
 そんな幼い記憶が蘇って来る突然の訃報だった。「あの千代の富士が亡くなった?」「そんな馬鹿な、あんなに元気だったのに…」。この訃報を聞いて、殆どの人がそう思った筈である。
 鍛え抜かれた鋼鉄の肉体美にパワーとスピードで、並み居るライバル力士たちを次々と撃破し、昭和の大横綱として相撲界に頑然と輝いた第58代横綱千代の富士。精悍な顔付きと獲物を射るような鋭い眼光で、いつしか「ウルフ」と呼ばれ、相撲ファンのみならず、国民的人気を得るほどの存在であった。
 最も記憶に残っている一番はなんと言っても千代の富士VS大乃国である。連勝街道まっしぐらの横綱にライバル無しとまで言われていたが、それほど千代の富士の強さが際立っていた時期でもあった。
 千代の富士53連勝で迎えた昭和63年九州場所の千秋楽、4度目の全勝優勝と連勝記録更新の一番。その場所、大乃国は10勝4敗と横綱らしからぬ場所であったため、誰もが千代の富士の54連勝と4度目の全勝優勝を疑うはずもなかった。
 然し、横綱としての大乃国の意地が千代の富士の猛進を食い止めたのである。土俵際、重い大乃国の巨体を力まかせに「うっちゃり」に出ようとしたところに、大乃国が身体を預けるように寄り倒して千代の富士を下した。思わず土俵に尻もちを付いてしまった千代の富士に対し、手を差し出した大乃国座布団が飛び交う館内を去って行く両力士の姿が印象的であった。
 余談ではあるが私が生まれる10年ほど前、祖父の貞一が元気で健在だった頃、藤枝の実家が力士専用の旅館を営んでいた時期があった。箪笥の引き出しを開けると、古ぼけた番付表が何枚も出て来た。幼い私にはなんと書いてあるのか分からなかったが、四股名だと直感で分かった。千代の山、東富士、羽黒山などその当時の土俵を賑わせていた力士たちの数々。大きな組み込み式の食器棚には伊万里焼とも九谷焼とも思えるような大きな皿が所狭しと並んでおり、一体誰がこの食器を使ったのだろうと疑問に思い、父に尋ねてみると「関取専用の旅館をやっていたんだよ」と教えてくれた。
 食器の数の多さはそれで納得出来た。当時の人気力士の一人である「栃錦」が、弟子たちを大勢連れて泊まりに来たそうで、裏の家に住んでいた「博ちゃん」は、栃錦に抱っこされて風呂に入ったそうである。
 栃錦のライバルと言えば栃若時代を築いた若乃花であるが、千代の富士をスカウトした千代の山もまたライバルの一人であった。
  昨年6月1日に60歳となり、還暦土俵入りで久しぶりの土俵であったが、横綱のシンボルとも言える大銀杏こそなかったが、その勇姿は引退後も身体を鍛え続けている様が伺われ、現役時代を彷彿とさせる力強い四股であった。その約一年後、すい臓がんに侵され、僅か61歳でこの世を去るとは誰が想像出来ただろうか…。鋼の肉体も病魔には勝てなかった、土俵の神は微笑んでくれなかったのである。
 きっと今頃は空の彼方で北の湖理事長と冗談を交わしながら、日本の相撲界を見守ってくれているに違いない(合掌)。

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漆黒の闇に浮かぶ狂気。 

やまゆり

 7月26日未明、神奈川県相模原市の障害者施設『津久井やまゆり園』で起きた障害者殺傷事件は海外メディアもトップニュースで報道するなど、この殺人事件に対する関心の高さを伺わせているが、世界で最も安全な国と言われる犯罪率の比較的低い日本で、一人の男の手によって19人の命が奪われ26人が重軽傷を負うなど、戦後最悪の大量殺人事件が起きた事による驚きと戸惑いの声が届いている。
 銃社会の米国では、銃乱射による殺人事件が多発しているが、規制の厳しい日本でテロとも思えるような大量殺人は過去に例がなく、地下鉄サリン事件や秋葉原無差別殺傷事件などと比較しても海外では『極めて稀』な殺傷事件として伝えられている。
 事件の全容が徐々に明るみに出るにつれて、逮捕された植松容疑者の特異的な異常行動とその性質が浮き彫りになって来ている。
 場当たり的な通り魔事件とは大きく異なり、警備の薄くなった深夜に5本の刃物を用意し、重度の知的障害者ばかりを狙い犯行に及ぶ辺りは、単なる衝動殺人ではない確立した計画性の下で行われた完全犯罪とも思える。
 将来ある若干26歳の青年が、なにゆえ狂気の沙汰に駆り立てられたのか、容疑者の心の闇に巣食っている悪魔の正体を解き明かさない限り、この事件が解決する事はないような気がしてならない。
 私は知的障害者ではないが、障害者手帳1級所持者である。中学の3年間は養護学校に在籍しており、卒業後は高校に進学せず清水市にあった障害者施設で就職支援訓練に一年半励んでいた。社会に出た時、履歴書に養護学校卒や訓練所に居た事は書けず、藤枝の高校を卒業と嘘を書いた。心臓が悪い事も隠し、就職に不利になる事は全て隠し通して来た。
 その背景にはキレイ事では済まされない差別偏見があったのも事実である。男性の場合より女性の立場はもっと酷であり、養護学校に在籍していた事が原因で結婚も出来ないといった信じ難い話しを幾つも聞いて来た。
 高校進学の時、筆記テストは合格でも面接で落とされるなど、希望の高校に進学出来なかった例も少なくない。いずれも病気に対する偏見差別が原因である。法律が整い障害者の立場も以前と比べれば随分と環境も良くなったと思うが、いじめと同様に差別は決して無くなる事はない。
 然しその差別に屈する事なく全ての障害者よ、勇気を奮い立たせて前を向け。弱者の立場に甘んじてはいけない。チャレンジ精神を忘れないで欲しい。
 最後に、この事件で尊い命を奪われた19人の方々に心よりお悔やみとご冥福をお祈り申し上げます。

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父の日は似顔絵とともに。 

似顔絵

 6月19日、心不全の兆候で四苦八苦している時だった。通販で買い物した覚えもないのに宅配便が届いた。送り主を見ると静岡いる息子の勇樹からであった。この時季に何だろうと思い開けてみると、木の枠に収まった似顔絵らしきものが。「ああ、そうか!今日は父の日だったのか」。
 そこで初めて19日が父の日である事に気付いた訳である。似顔絵以外に静岡音楽館Aoiで開催された『オペレッタ・赤ずきんちゃん』のステージが収録されたDVD、そして銘茶・竹茗堂の煎茶。日本茶の好きな私にとって、故郷の香りと味が詰まったお茶を頂ける事は嬉しい限りであった。
 さて、この似顔絵が私に似ているかどうかは別として、おそらく彼自身が小学校低学年の自分に立ち返り、小学生に成りきって一生懸命に描いたものと思われる。その様子はこの絵の筆跡に十分表現されており、似顔絵を通して父に対する感謝の気持ちが優しくそして力強く伝わって来る。
 私は息子が2歳になったばかりの頃、静岡を離れ東京方面に向かった。その為、私と息子との間には20年以上の空白がある。実際に息子が父親の似顔絵を描く機会が過去にあったかどうか定かではないが、本来であれば幼い時期に本当の父親の顔を描きたかっただろう事は、この似顔絵を見てもヒシヒシとその切ない想いが伝わって来るのである。
 似顔絵に関して言えば私にも淡い過去の想い出が一つだけある。父親の似顔絵を描いた記憶はないのだが、顔も知らず後ろ姿だけが影の様に焼き付いた母の顔を描いた想い出…。小学2年の時、図画の授業だった。「さぁ、皆さん今日はお母さんの顔を描いてみましょうね」。担任は母の実家の隣に住んでいた飯塚先生。
 クレヨン画用紙が机の上に並び、44名の子どもたちが担任の合図で一斉にクレヨンを握りしめ、思い思いの母親像を真っ更な画用紙に描き始めた。そんな中、一人の少年だけが宙を見詰めたまま握った黒いクレヨンはぴくりとも動かない。
 その少年の姿を見て悟った担任が近づいて行く。そして声を掛けようとした時だった。突然、画用紙に向かって右手を動かし始めた少年。それはオモチャ箱をひっくり返した中から自分のお気に入りを見つけた時のような喜びに充ちていた。
 然し、母親の顔を知らない少年が描いた画用紙の中の母親は赤の他人で、近所のおばさんの顔を思い出して描いたのである。知らないのであれば描かなければ良いのではと思うが、その時の少年は『何か描かなければ怒られる』と思ったようだ。そのおばさんの似顔絵は、今でもくっきりと鮮やかに私の心の中でにっこり微笑んでいる。

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星になった恋(七夕に寄せて)。 

星の恋


満天夜空を見上げれば
いつでも貴方が見える
365日
貴方とともに作った思い出
今は となって
輝いている
空から わたしが
見えますか
短冊に 願いを書いても
貴方は もう戻らない
二人の思い出だけ 抱きしめて
わたしは
貴方の分まで生きています


※3日遅れの七夕ですが、皆さんはどんな願い事をしましたか?私はやっぱり「丈夫な心臓になりたい」ですかね^^;

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副作用と心不全の狭間で…。 

副作用

 約3週間の休養を経て何とか復調はしたものの、ホルター心電図の結果が余りにも散々だったため、普段それほど落ち込まない私も流石に心が折れそうになった。「こんなに不整脈の多い人は滅多にいません」とまで言われてしまい、一気に不安が押し寄せて来た。
 健康な人でも1日1,000~1,500の不整脈は発生しているが、それらは病気ではなく全く異常な事ではない。私の場合は1日に約1万8千発の不整脈が発生しており、しかも原因が多岐に渡る多源性。重症度を示すLown分類は5段階中グレード4a:2連発とかなり悪く救急治療が必要とされている。
 それに対処するため、メインテート(ベータブロッカー)の増量となったが、過去にこので心不全を誘発した経緯があった手前、主治医も慎重に成らざるを得ず、異変が生じた場合は私自身の判断で減量するようにとの事であった。
 副作用が出ない事を願いつつ、服用を始めて3日目辺りから荒れ狂っていた不整脈が少し大人しくなって来た。これほどストレートにの効果を実感出来たのは久しぶりの事であったが、それだけ強力なでありそしてまた裏を返せば副作用もまたかなり強いという事である。
 異変が生じ始めたのは1週間が過ぎた頃からで、足が少し浮腫み体重も増え始めていた。「やっぱり出たか…」と、その副作用のせいにはしたくなかったが、日増しに体重は増えて行き服用を始めて10日目には65キロを軽くオーバーしてしまった。
 こうなって来るとそれは一気に心臓への負担となって現れ、少し歩いたりするだけでも息切れがして呼吸困難となり明らかに心不全の兆候である。念のために病院へ連絡を入れ、症状を伝えると「を元の量に戻して様子を見ましょう」との指示が出た。
 それでも変化がなく症状が続いていた場合は来院し、場合によってはそのまま緊急入院も覚悟していたが、減量して数日も経つと浮腫みも無くなり体重も徐々にではあるが落ち始めた。然しそれまで大人しかった不整脈が再び暴れ出し、太鼓の乱れ打ちがまた復活してしまった。
 心不全の苦しみを我慢するのはとても辛いし、それを思えば脈の乱れなど取るに足らないと長い闘病生活の中で『慣れ』が生じていたのは確かであるが、この不整脈もそれはそれで一大事なのである。
 さて、次の循環器外来まで1ヶ月近くあるのだが、主治医は次なる一手を既に考えているのだろうか?今年はここまで入院せず何とかやって来たが、だからと言って去年より体調が良いとは思えない。病は気からと言うようにメンタルな部分も大きく影響してくる訳で、ここで自分自身が落ち込んでしまってはますます病状悪化に拍車が掛かってしまう。
 私の闘病に終わりはなく最後まで病に対しチャレンジャーであり続けたいと思っている。その内きっと雲の切れ間から差し込む光のように、明るい未来がやって来るかも知れないのだから。

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ジャンル: 心と身体

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電磁波アラカルト。 

電磁波


 世の中がまだアナログ中心で動いていた時代、リモコン付きテレビが登場すると「便利な世の中になったものだ」と誰もが口を揃えて言った。音楽を歩きながら楽しんだり、どんな場所からでも電話やメールを送れるなど、人間を取り巻く生活環境は大きく変化し、そしてテレビはアナログ放送からデジタルへと飛躍的に姿を変えた。
 人間にとって都合よく進化し続ける現代社会であるが、その裏には眼に見えないリスクが多く潜んでいる。便利な家電製品に囲まれつつ、それでも更なる利便性を求めて止まない人間の欲求は果てしない。
 それ故、人類は進化し続ける生物でもあるが、全ては「何らかの犠牲」の上に成り立っているものである。原発事故はその犠牲の象徴とも言えるのではないだろうか。4年ほど前の話しであるが、WHO(世界保健機関)の国際がん研究機関(IARC)から、携帯電話の電磁波と発がん性の関連性について、限定的ながら「可能性がある」との分析結果が公表され、一時は世界が騒然となった事を記憶している。
 耳にあてた状態で通話を長時間続けた場合、脳腫瘍が発症する危険性が上昇する可能性があると言う。携帯電話の電磁波については携帯が普及し始めた 1990年代から既に指摘されており、WHOによる発表は「今更」と言った感も否めないが、世界のトップに位置する機関が公式に認めた内容である為、その意味ではこれを予防措置の警告として受け止めた方がよさそうである。
 多くの電化製品に囲まれた生活の中では、携帯電話に限らず電磁波を浴びる状態が恒久的に続いている。眼に見えない恐怖と言えば、巷を随分と騒がせた「放射性物質」だが、そのリスクから比べれば電磁波は微々たるものであるし、発がん性のリスクが最も高いと分類されている「煙草」「酒」「コーヒー」などは日常的に見える恐怖として捉えられることはまずないだろう。
 このように、わたしたちは「矛盾」と言うリスクを背負いながら生きているが、自然界には不思議な植物があるもので、電磁波を吸収して育つサボテンがあると言う。NASA(アメリカ航空宇宙局)の調査によりその性質が発見された「セレウス・サボテン」は、2005年に話題になったようだ。
 有害な電磁波を発生するパソコンやテレビから身を守るアイテムとして、インテリアにもなるこのサボテンを部屋の片隅に置いてみては如何だろうか。
※大衆文藝ムジカ03号に掲載されているエッセイです。


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別れ涙の神田川。 

別れ涙の神田川


みなもを走る 小舟の跡を
一羽のカモメが 追いすがる
波間に消えゆく あなたの姿
啼けど届かぬ 焦がれる想い
さすらう風に 乗り遅れ
ああ~ わたし 別れ神田川

の青さは あなたの心
映すの いじらしさ
揺れる小舟は はかない
波間を漂う 浮世花
せめて咲かせて 散りたいけれど
ああ~ あなた 別れ神田川

うそと本音は の味
薄めたグラス過去の色
隠したつもりが 解けて濡れる
世渡り上手な あなたの前で
揺れるみなもは わたしの心
ああ~ ここが 別れ神田川

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テーマ: 詩・唄・詞

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不整脈とホルター心電図。 

ホルター

 まず始めにお笑いタレントの前田健さん(44)が先月26日、不整脈による虚血性心不全のため搬送先の病院で急逝した。多彩な才覚のある芸人だっただけに非常に残念である。この場を借りて心よりお悔やみ申し上げます。
 さて、そんな私も不整脈との付き合いは長く、心臓弁膜症と診断された子ども時代にまで遡る。最も酷かったのは11~13歳の時で、手摺に掴まりながらでないと階段を上る事すら出来ず、死ぬような思いをしながら5階にある教室に向かったが、それが原因で学校へ行くのが嫌で堪らなかった。
 更には中学1年の時、心臓発作を起こし意識を失い倒れた経験が2度あるが自力で蘇生し家に帰った。傷だらけの顔を見た祖母が「どうしただ!」と驚いた表情を今でも鮮明に覚えている。私の前歯は少し欠けているが、それはこの時に顔面から地面に倒れ込んだためであるが、運良く鼻は無傷だった。
 そんな過酷な子ども時代を生き延びて来たからこそ今の自分が在るわけだが、改めて病歴を振り返ってみると、長きに亘る闘病生活は、ある意味で私の生きるエネルギーそのものではないかと思ったりもする。
 今年はまだ一度も入院していないのでいつもより調子が良いのかと思いきや、実はそうでもなく入院するほどの事はないが、軽い心不全は日常的に起こっており、動悸息切れは顕著に発生している。
 循環器外来の時は血液検査以外に必ず『心電図・胸部レントゲン』は欠かせない。今年の3月下旬に診察を受けた時、心電図の結果を見て主治医が言った。「不整脈が乱発していますね…」。1月受診の時もやはり酷い乱れ方だったが、寒さのせいもありもう少し様子を見ましょうと言う見解だった。
 「先生、そんなに酷いのですか?」「そうねぇ、数分の間に二段脈が二連発出ているし…」。乱れた波形を見ても私にはいつもと同じにしか見えなかったが『心室二段脈』と言う部分が妙に気になっていた。「24時間心電図やってみますか…」。
 一日ホルター心電図を身体に取り付け、通常通りの生活を送る。その結果、長時間に亘り不整脈が二連・三連発と発症していれば何かしらの対処をしなければならない。おそらく投薬量が増えるだろうが、使用量を間違えると心不全を招くリスクが高くなる。薬は諸刃の剣だから匙加減が行方を左右する。
 ホルター心電図は、余命一年の宣告を受けたその半年前、蒲田の大田病院に通院中受けたのが初めてで、今回で3回目となる。その当時は通称『弁当箱』と呼ばれており、かなり大きくまさに『弁当箱をぶら下げている』状態だった。現在では写真を見てもお分かりの通りサイズも小さく性能も格段に上がっているようだ。
 動悸息切れ・胸痛などを感じた時は即座にスイッチを押し、一緒に渡された記録ノートに書き込んでおく。期外収縮心房細動が私の不整脈であるが、後者の方は1分間に400~700回と心臓がブルブル震えている状態であるため、絶対性不整脈と呼ばれており、血栓が非常に出来やすい。そして規則性のない心室期外収縮が頻発している場合は危険で、突然死を招く心室細動に以降する場合がある。
 このようにして日々リスクを抱えながら生きているけれども、自分ひとりの力だけでは生きられない。多くの人たちの助言や応援を受けながら、そしてこのブログに訪れる皆さんに支えられ今を生きている。そんな人生がこれからも末永く続くようにと願いを込めて…。いつもの事ではありますが、今回もブログお休みの件で皆さまにご心配をお掛けしましたこと深くお詫び申し上げます。

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火の国絶句、震度7の猛威。 

直下型

 4月14日、時計が午後9時を少し回った頃、私は台所に立って夕食の準備中だった。その時、非常に微細な揺れを感じた。「あれ?地震かな…」と思い窓に眼をやるとカーテンが微妙に揺れている。外は無風だったから風のせいではなく、また東北で軽い地震でもあったのだろうと思っていた。
 そして食事を済ませ、テレビのスイッチを入れると「熊本震度7」の文字が飛び込んで来た。「えーっ」とつい声を上げてしまったが、地震が発生した時間は午後9時26分。つい先ほど感じた微弱な地震は?とその関連性に不安がよぎった。
 九州には活発な火山活動を続けている桜島や阿蘇山など、活動を停止している火山も含めると17にも及ぶ活火山が点在しており、それゆえ地震は比較的多い地域でもある。昨年の5月29日に発生した口永良部島の噴火は記憶に新しい。
 然しながら熊本地方を震源とする今回の地震は、火山活動との関連性は殆どないとされており活断層による直下型地震であった。九州地方では過去に例を見ない震度7と言う巨大地震がなぜ発生したのか、学者や専門家などがあらゆるデータをかき集め、寝る間も惜しんで分析中である。
 そしてやはり気になったのが原発の存在。震源から最も近い場所にある川内原発では、地震発生時でも異常なしとの判断で運転を継続した。然し、この判断は本当に正しかったのだろうか?と多いに疑問が残る。もし震源が原発の真下だったらと想像すると背筋が凍り付くような恐怖を感じるのでる。
 5年前に発生した3.11東日本大震災以降、日本列島は有史以来の大きな変動期に入ったものと思われ、これまでの常識が通用しない事態が自然の猛威として発生する。巨大化する台風やゲリラ豪雨もそのひとつであり、地下の奥深くでは人智の及ばぬ何かが進行中だと言う事なのだろう。
 猛威を振るう自然災害に対し、私たち人間は余りにも弱く小さな存在であるが、地震や水害で全財産を失ったとしても『命』さえあれば幾らでもやり直しは出来る。その尊い命を守るため、最善を尽くし日頃から不測の事態に備える心構えだけは忘れずにしておこう。
 最後に今回の地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈りすると共に、被災された皆さまに一日も早い安心した日常が取り戻せるよう、心からお見舞い申し上げます。

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オペレッタ「赤ずきんちゃん」in 静岡音楽館Aoi。 

赤ずきんちゃん

 万年筆の記事をアップしたその夜、息子の勇樹から電話があった。「万年筆、読んだよ。ところでお願いがある…」「うん?なんだ」「4月3日だけどミュージカルに出演するから是非とも観に来て欲しいの」「ええーっ!本当に?」「うん、しかも準主役なの」「そうか、ちょっと体調と相談して出来るだけ行くようにする」。
 行くと即答出来ない自分の身体が情けなかったが、その日からこの日の為にコンディションを整え、体重を64キロから62キロに落とした。僅か2キロであるが病んだ心臓への負担は随分と軽くなり息切れもあまりしなくなった。
 落語披露の時は体調が悪く行けなかったので、今回こそはと言う思いと「ステージに上がるのはこれが最後」と言う息子の言葉が後押しをしていた。息子がどんな演劇を見せてくれるのか、新幹線の車窓から流れる景色を見詰めながら心が踊った。
 静岡の地に足を下ろすのは2011年11月以来5年ぶりの事。会場である『静岡音楽館Aoi』は静岡駅北口から徒歩数分の所にある。ステージ正面にはフランス・ストラスブール\アルフレッド・ケルン社によって建造された高さ8.5m、幅9.5mの巨大なパイプオルガンがあり、その音響効果は最高レベルと世界的な音楽家たちから認められるなど折り紙つきで、クラシックオペラなどを鑑賞するには理想的なホールとなっている。
 開場は13時半だったが、その前から大勢の人の列がビルの外にまで連なり、このコンサートに対する関心の高さが伺えた。チケットが当日購入出来ない可能性があった為、息子が事前に確保してくれていた。開場時間と共に8階へ移動し電話を入れると、「お父さんですね?」と女性の声。その直後に若い女性スタッフが笑顔を振り撒き駆け寄って来て、「勇樹さんからです、お父さんが来てくれると大喜びですよ」とチケットを渡してくれた。
 開場から30分も過ぎると館内は1,2階ともほぼ満席。おそらく客数は600人を超えていると思われた。開演14時になると、このコンサートの主幹でピアニストの『呉 恵珠』さんご挨拶。そして第一幕、ソプラノ:渋谷文規による『日本の歌、こころの歌』が始まった。詩人・星野富弘氏の作品に曲を付けた歌曲集である。
 呉 恵珠の流れるピアノと透き通るようなソプラノが館内全体を優しく包み込む。マイクなど電気機材を全く必要としない生のステージは初めての体験であった。続いて金子みすゞの詩に曲を付けた童謡歌曲集。ソプラノが五井野百合子に代わった。『こだまでしょうか』など幾つかの作品は私も良く知っていたので、眼を閉じその魂を揺さぶる歌声に聴き入った。
 そしていよいよ息子が登場する第二幕、オペレッタ『赤ずきんちゃん』の始まりである。それまでステージ中央に設置されていたグランド・ピアノが隅の方に移動。若い女性のフルートと円熟味のある語り手の登場で劇は幕を開けた。
 テンポよく流れるようにストーリーが展開して行く。キュートなバレリーナのステップがステージを一層華やかに盛り上げる。赤ずきんちゃんを演じているのは3人の女の子たち。そして息子が準主役と言う『』の登場であるが、なんと1階客席横のドアから登場となった。これには観客も予想していなかっただけに、館内が一瞬どよめいた。私はてっきりの着ぐるみかと思ったが、そんな事はなくユーモアたっぷりの尾っぽが可愛かった。
 台詞に時々アドリブを交えるなど、その演技には余裕すら感じられたが、本人曰く「満席の観衆を眼の前にしたら心臓がバクバク」だったらしい。そのステージは私の予想を良い意味で裏切り、非常に完成度の高い舞台で、自信を持って人にお勧めする事が出来るほどであった。
 館内は携帯・カメラは禁止の為、演技中の撮影が出来ず残念であったが、舞台終了後にロビーにて記念撮影が始まっていて、大勢のファンが息子を取り囲みもみくちゃになっていた。ファンから贈られた花束やプレゼントは腕に抱えきれないほどで、まるで芸能人を見ているようだった。
 息子に話しかけようとしたがとてもそんな余裕はないようで、次々とカメラを向ける人たちの応対で舞台より緊張しているようにも見えた。ソファに腰掛けてそんな息子の姿を見ている私に女性スタッフが声を掛けて来る。「勇樹さん、人気者ですから」。その人気を支えているのは、人との繋がりを自分の事より大切にする息子だからと納得していた。
 ロビーから人影が消え静寂が訪れると、漸く私の時間がやって来た。スタッフに声を掛け息子について尋ねた。「お父さん、勇樹さんとまだお話ししてないですよね?」「楽屋の方にいますので、今案内致します」。楽屋は7階にあったが、出演者たちで溢れかえっておりとても中で話せる状態ではなかった為、廊下で待った。
 暫くすると普段着に着替えて汗だくになっている息子が姿を表す。5年ぶりの再開だ。「父さん、ありがとうね、ホント嬉しかったよ」そう言いながら私の手をがっちり握ってくる。「母さんは来なかったのかな?」「うん、多分ね。確認出来なかったけど」。「素晴らしいステージで感激したよ、とても初めてとは思えない」そんな親子のやり取りを5分ほどして音楽館を後にし、ミュージカルの余韻に身を預けながら帰路についた。

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桜のプラネタリウム。 

プラネタリウム



満天を泳ぐように

舞い散る

それは

プラネタリウム

遠い記憶の向こうで

微笑んだ

あなたの眼差し

今年もあなたの心に

満開ですか

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30年振りの万年筆はネーム入り。 

万年筆

 静岡市内でパソコン教室『ゆうらくの森』を経営・講師をしている息子の勇樹から、誕生日祝いのスペシャルプレゼントが届いた。それはネーム入りの黒い高級万年筆!金色でK.Toshikiと刻印されているのが確認頂けるだろうか。
 万年筆で文字を書いていたのは30年以上も昔の事で、今ではもっぱらボールペンが主役となっている。パソコンが普及すると更に文字を書く機会が減り、筆記用具の代わりにキーボードを叩くのが日課となってしまった。
 年末近くになるとほぼ99%の確率で心不全を起こし救急搬送になるため、ここ4年は年賀状を書く余裕すらないという情けない状態。
 息子の「この万年筆で多くの作品を書いて欲しい」と言う熱い想いが篭められたネーム入り万年筆を手に取れば、執筆意欲も盛んに沸いて来るというもの。なんと書き心地の良い万年筆だろうと、感動で手までが震えて来る。
 30年ぶりの万年筆は忘れ掛けていた作品への拘りをも思い出させてくれた気がする。息子からの優しく熱い想いに応え、小説・エッセイ・詩などを意欲的に書き綴って行こうと、今年の新たなスタートを切る事が出来た。
 そしてまた1~2月に掛けて100%の入院を余儀なくされて来た訳であるが、今年はそれを回避出来ている事は実に喜ばしい限りだ。それには勿論、言葉では言い表せぬほどの努力が実っているからであり、一滴の水さえも我慢して忍の一字で入院回避を実現せねばと言う固い意思の下に自分の環境を置き、週一で訪れる看護師のアドバイスにも助けられながら、3分の2壊れてしまった心臓に「よく頑張っている」と感謝の念を忘れず、今年を無事に乗り切って行こうと思う次第である。

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恋のパズル。 

恋のパズル


パズルは複雑すぎて
悩めるわたしは途方に暮れる
恋愛模様の謎解きパズル
たどり着く先 答えはひとつ
心と心が重なりあって
二人のピースが解けぬうちに
絡まるピースが二人を結ぶ
パズルが謎かけをする
恋愛成就呪文がささやく
時間切れのカウントダウン

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娘が愛したインコたち。 

ウロコインコ

 都内の某大学で法律を学んでいる娘だが、この春いよいよ社会人一年生となる。昨年は就活に追われ忙しない日々を送っていたが、早々に第一志望の大手金融機関から内定を貰い、今はバイトに明け暮れている。
 そんな娘に内定祝いに何が欲しいか尋ねると「原宿で見付けた腕時計」と言う。値段を聞くと4万円…。就職祝いの相場がどの程度か知らないが、万年金欠病の私にとって4万円は痛い出費。
 余裕を持って2ヶ月後に4万円を渡す事にした。するとその数日後、lineにメッセージが届いた。「腕時計止めてインコが欲しい」「えっ!インコ飼うの?」「もう飼ってる」そして立て続けに届いた画像が娘の手に止まっているインコ。
 「ありゃ!なんだよ、もう飼ってるんだ…」「うん」「セキセイインコじゃないよね?」「ウロコインコだよ」「いくらしたの?」「7万円…」「はぁ?7万、そんなお金出せないよ…」
 結局腕時計代の4万を渡す事になったが、ウロコインコは初めて聞く種類だったので早速ネットで調べてみるとYouTubeに動画がアップされており、それを見て驚いた。なんと賢いインコではないか。
 娘とインコの経緯は過去記事で既に記しているが、初代セキセイインコのポッポは980円だったので鳥の世界も種類によっては随分変わるものだと改めて思った。ウロコインコは30年生きるらしいから鳥の中では長寿の部類に入るのだろう。もしかすると、私の方が先にあの世へ行ってしまう可能性が高い。
 娘の鳥好きはポッポに始まり、アビディ、文鳥のベルジ、オカメインコのクック、そして新潟に居る間にも私の知らないインコを飼っていたらしいから、今回のウロコインコは6羽目になるのだろう。
 私も入院の事さえなければ猫か鳥を飼ってみたいのは山々だが、私の事で愛猫タラに辛い思いを何度もさせてしまったから諦めている。時々新潟から送られて来る写真を眺めると楽しかったタラとの日々が蘇り、今にもタラがロフトから飛び降りて来るような気がしてならない。娘にとっても私にとってもかけがえのない家族同様のペットたちである。

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ムジカの世界にようこそ!。 

ムジカ03

大衆文藝ムジカ03号好評発売中!

 発刊を重ねる毎にスケールアップして行くムジカ、03号ではこれまでの表紙を刷新し大幅リニュアール。内容だけではなく、見た目にも渾身のエネルギー注いだ編集部の勢いが見て取れる。
 特筆すべきは、豪華著名人たちによる寄稿である。
 女優・東ちづる、作家/活動家・雨宮処凛、漫画家・西原理恵子、精神科医・香山リカ、ヴォーカリスト・松永天馬
 各界の最前線で活躍するこの5人が、「こわれ者の祭典」代表で作家・人の月乃光司氏について語っており、実に興味深く読み応えのある内容となっている。そして更に、ムジカ編集長・葛原りょう、月乃光司の両氏による語らいを18ページに及ぶ特集インタビューとして組んでおり、そのタイトル「病という武器」で、思わず私はのめり込むように読み耽った次第である。
 大衆文藝ムジカはジャンルフリーのエンターテインメント雑誌である。・川柳・短歌俳句小説エッセイ・書評・イラスト・絵画・漫画…と多岐に渡っており、表現者とそれを読み解く者たちの架橋になることは間違いないだろう。
 これを機会に是非、一冊手に取ってムジカの世界を確かめてみて欲しい。そして又、ムジカでは新たな書き手も募集しており、興味があれば作品を編集部宛に送ってみては如何だろうか。送付された作品は編集部が責任を持って掲載可否の検討に入る。既に公表済の作品でも可能である(ムジカ新鋭衆も同時に募集中)。
問い合わせ・参加規定はこちらを参照の事→http://musica.ganriki.net/index.html
お求めは全国の各書店・Amazon・大衆文藝ムジカHP。
大衆文藝ムジカ03号
定価/926円+税
ISBN 978-4-9905964-3-9

MUSICA’S ARTIST
芦川雄二、綱代浩郎、天野幸道、池田柊月、石川幸雄、市堀玉宗、大島健夫、大山真善美、尾貝 歩、岡田美幸、恩田皓充、香西文夫、加藤さおり、加部洋祐、神戸俊樹、木下峻介、倉田有希、こいけまり、高坂明良、齋藤俊介、齋藤洋由起、佐久間章孔、篠原 景、鈴木吉田友佳。

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薬物まみれのホームラン。 

清原

 毎日のように流れて来る清原和博容疑者逮捕と覚せい剤のニュースを見聞きするにつけ、もう少し早い段階で何かしらの手を打つ事が出来なかったのだろうか?と心が痛むと同時に歯がゆい思いを抱いている。
 西武ライオンズの黄金時代の立役者としてチームを支え、輝かしい成績を残して来た男の逮捕劇は野球界のみならず、各界に衝撃と悲痛な叫びにも似た落胆の声で重苦しい空気に包まれた。
 日本のプロ野球界で、王貞治を超える選手は清原だろうとまで言わしめた球界のスーパースターに一体何が起こったのか、なにゆえ犯罪に手を染めてしまうところまで転落の一途を辿ったのか、その背景に見え隠れする黒い闇に、燃え尽きた男の悲哀が痛々しい。
 野球や相撲といったプロスポーツの世界は、ある意味で一般企業と同様に徹底した管理社会でもある。然しながらそのような管理体制の中にあっても、不祥事を起こす企業が後を絶たないのと同じで、利益を優先する利益至上主義が今もなお根深く蔓延っているからであり、スポーツも娯楽・サービス業とさほど変わらない経済の集合体なのである。
 利益と集客率これこそがスポーツ選手に課せられた最も優先すべき課題であり、そしてまたノルマとも言えるだろう。個々のアスリートたちは勝利と記録更新のために日々の鍛錬に時間を費やし、技術を磨き更に上の頂きを目指すが必ずしも求めていた結果が得られるとは限らない。
 清原の最初の躓きはおそらく強く熱望していた憧れの巨人に入団出来なかった事であろう。その悔しさを西武で爆発させ、スター街道を駆け上がる事となった。然し彼の胸の奥底では巨人の裏切りが許せなかった…。
 一見華やかに見えるプロ野球の世界にも裏の世界があり、それらの駆け引きに翻弄される選手たちはひとつの駒に過ぎないと思うのは私だけだろうか…。2008年の清原引退セレモニーで派手なパフォーマンスを見せた長渕剛も清原から距離を置くようになり、気が付けば彼の周りには親身になって話しを聞く者や進言する者など誰一人存在しなくなり、近づいて来るのは闇社会に生きる者たちばかりとなって行った…。
 野球を失った清原は「裸の王様」だったのか…。桑田真澄氏も語っているように、現役から退いても野球から退く訳ではない。野球を支える側として幾らでもその方向転換は出来た筈である。
 孤立無縁の状態で疎外感と不安の毎日を薬物に頼る、薬物依存という心の病に陥ってしまった彼がこの逮捕を契機に罪の償いを果たし、社会復帰した時には大勢のファンの前で頭を下げ謝罪し、生まれ変わってくれる事を期待するのみである。

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相撲人生、がぶり寄り!。 

琴奨菊

 並み居るモンゴル勢を次々と撃破し、日本人力士としては10年ぶりとなる初優勝を果たした大関琴奨菊。1月10日に幕を開けた大相撲初場所、この時点で琴奨菊の優勝を誰が予想出来ただろうか。
 相撲解説者でさえこの優勝は予想外だったに違いない。順当に行けば、白鵬、日馬富士、鶴竜ら横綱による優勝争いとなり、そこに食い込んで来るのは大関・稀勢の里あたりと初場所の展開を読んでいただろう。
 おそらく琴奨菊の過去の勝敗を顧みれば、角番を幾度となく経験し大関の地位を保つのがやっとと言う状況で、優勝とはかけ離れた蚊帳の外だったかも知れない。然し、いざ場所が始まり白星を積み重ねて行く琴奨菊に対し、解説者や視聴者も俄然その快進撃に目を見張った。
 鋭い踏み込みと前に出る相撲、そして得意の『がぶり寄り』と自信に溢れた琴奨菊は闘神が舞い降りたかのように生まれ変わっていた。圧巻は最強の横綱と言われる白鵬との一戦だった。
 両者が土俵の中央でぶつかった瞬間、顔を左に背けた白鵬、その時点で勝負は着いていたのかも知れない。それほど琴奨菊の当たりが強かったのだ。そして琴奨菊が一気に攻め込み、一瞬にして白鵬土俵を割った。どちらが横綱なのか分からないほど、白鵬は何も出来ないまま敗れた。
 13日目に豊ノ島に『とったり』で敗れ全勝優勝は逃したものの、この一敗が初優勝へと更に導いたと私は見ている。もちろん全勝優勝が悲願である事に変わりはないし、本人もこの一敗にかなり悔しがっていたが、ある意味その悔しさがバネになり優勝へ後押ししたとも見て取れる。
 それにしても3場所優勝から遠ざかっている白鵬に陰りが見えて来たと誰もが思っているのではないだろうか。既に30歳を超え、体力的にも衰えが生じるのは致し方ない事であるし、相撲界にも新しい大きなうねりが起き始めているのかも知れないが、これまで相撲人気を牽引して来た白鵬に取って代わるニューリーダー的存在の力士がそう簡単に現れるとも思えない。
 次の春場所はいよいよ日本人横綱誕生の期待が大きく膨らむ土俵になるが、1月場所の勢いがそのまま次の場所でも発揮出来れば、1998年の若乃花以来、18年ぶりの日本人横綱誕生となる。
 昨年11月に亡くなった、北の湖・前理事長も天国で琴奨菊の優勝に顔を綻ばせ大喜びしているに違いない。

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雪の花びら(未刊詩集より)。 

雪の花びら


花びら
みなもに消えて
のさざなみ凍えさす
お魚じっと我慢して
の来るのが待ち遠しい
小舟の上では釣り人が
をたらして
を見る
花びら
みなもに解けて
を待つ凍えさす


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世界はロックに充ちている(追悼:D・ボウイ)。 

デビッド・ボウイ

 世界の音楽シーンに多大な影響と輝かしい足跡を残して来たロック・シンガーで俳優のデビッド・ボウイさん(69)が10日、がんとの闘病の末その生涯を閉じた。音楽関係のみならず各界から彼の死について惜別の言葉が続々と届いている。
 1970年代初頭に登場したグラムロックは、当時のミュージシャンや若者に絶大な影響を与え、ひとつのロックスタイルを確率したと言えるだろう。その中心的人物こそがデビッド・ボウイであった。
 私自身は彼の登場以前にT・レックスのマーク・ボランに傾倒していたため、『ゲット・イット・オン』をレコードの針が擦り切れるほど聴き込んでいた。D・ボウイの曲を初めて聴いたのは、1973年6枚目のアルバムからシングルカットされた『ジーン・ジニー』だったと記憶している。
 現代のように便利な映像媒体がなくアナログの時代であったから、音楽の情報は『ミュージック・ライフ』などの音楽専門雑誌が中心だった。その奇抜な衣装やメイク、ヘアースタイルは彼が創り出すソウルフルな音楽と相まって聴く者の心を鷲掴みにした。
 彼の名を決定的なものにしたのは言わずと知れた『レッツ・ダンス』であるが、俳優としての才能を見せつけた作品、大島渚監督の映画『戦場のメリー・クリスマス』ではないだろうか。大島監督が彼を主役に抜擢したのは勿論、彼が出演していた『エレファントマン』などを見て、その演技力に惚れ込んだからであるが、『戦メリ』に登場する役者はビートたけしを始め、坂本龍一、内田祐也、内藤剛志、ジョニー大倉、室田日出夫、三上寛など強烈な個性派揃いであり、その誰もが主役級である。
 その豪華極まる出演者の中で最も存在感を醸し出していたのがD・ボウイだった。長寿世界の中で69歳という年齢は、やはり早すぎる死として悔やまれてならない。世界の至るところでテロや戦争が起こり不安定な現代の今だからこそ『武器を楽器に変えて平和を訴えろ!』と彼がそう語りかけて来るような気がしてならない。
 最後にファンのひとりとして、デビッド・ボウイさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます(合掌)。

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病を乗り越え、新たな門出を2016。 

2016正月

A Happy New Year

 当ブログにご訪問の皆様へ。昨年はひとかたならぬご配慮を賜り、感謝の念に絶えません。年頭での意思表示は「今年は入院ゼロを目指す」と同じ言葉を繰り返しながらもそれが達成された年は皆無。出来もしない約束はしない方が良いので、今年は「なるべく入院しない」に変更したいと思います。今年も懲りずにお付き合いのほど宜しくお願い致します。
 さて、厳しい食時・水分制限の下『盆と正月』くらいは羽目を外して好きな物を飲んで食べて溜まった鬱憤を晴らしたいところではあるが、心不全のリスクの前では中々箸が進まないのが現状。
 会食の予定がある日は、朝から何も食べず、水分は薬を飲む時だけに留めておき、出来るだけ胃袋を空っぽにして会食に臨むように心がけている。上等な料理を愉しむのも命がけと言ったら大袈裟だろうか…。
 1月2日、40年以上の付き合いがある友人と秋葉原居酒屋料理を嗜む事が出来た。正月は飲み食べる機会が多くなるため『正月太り』を気にしている人も多くいるだろう。私も20~30代の頃は太る事など気にも止めず、テーブルに並んだご馳走に舌鼓を打ち、胃袋がはち切れんばかりに箸を進めたものだった。
 現在の様な食時制限はなかったし、病気の事など考えもしなかった時代、若さが病を上回っていたのだろうと思う。何かが狂い始めたのは40代に入ってからだが、あの頃の暴走がつけとなり今頃になって私を苦しめる。
 もっと真摯に病気の事を受け止め大切にしていたらと、慚愧の念を抱いてしまう。父がで命を短くした時、親戚縁者は一同に「自業自得」と言っていた。それが今はこの自分にすっかり当て嵌ってしまうのである。
 自分の命と向き合わずに溺れ逝ってしまった父の姿が私自身の姿と被って見えるのは、父からの無言のサインなのかも知れない。「もっと自分を大切にしろ…」そんな声が聞こえて来る気がしてならない。
 青い空の果てから見守っているであろう父や母そして先に逝ってしまった友人たちの分まで生きなければ。病と言う障壁はとてつもなく高く聳え立っているが、それを乗り越え、新たなこの門出に幸あれと思う次第である。

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