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詩集 天国の地図 / 神戸 俊樹

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詩集・天国の地図(文芸社から頂いた書評一部抜粋)。

*作者が20歳から28歳までの間に綴られた、全62作品からなる詩集である。「あとがき」によれば、作者が詩に興味を持ったのは20歳の時だという。そして、最初に手にした詩集は『伊藤整詩集』と『高見順の死の淵より』の2冊だったとも記されている。
作者は幼いころ「心臓弁膜症」に罹患し、最初に手術を受けた時のことを回想して、『手術台に上がれば』を書いたとのことである。それをきっかけに、いつの間にか62作品の詩が出来上がっていたらしい。そして、心臓弁膜症に起因するうつ病を患い、現在は回復の途上にあると記されている。ここに本作品群の最大の特質があると言えるだろう。
「うつ病」を克服し、社会復帰を目指す作者の個人史が、その内面の必然性によって詩文の形に表出した、痛切ながら鮮やかな「青春物語」なのである。
*「記念すべき最初の詩」と作者自身が言う『手術台に上がれば』は、純粋な孤独感を表現した作品と言えるだろう。社会的な関係によって成立する作者の日常世界が、手術という出来事によって断ち切られ、それによって自覚された意識の反復が、言語世界として抽象化されている。
「けたたましい車の騒音が/私の耳をつんざく/ああ――/今日もまた彼等は/あの騒がしいラッシュアワーの中を/仕事に出掛けて行く/愚かな独り言を呟いて/私は又眼を閉じた」―― 「私」は「彼等」とは異なる世界に疎隔されている。かつては自分も所属し、ほとんど意識することもなかった日常世界、それが今は決定的に遠いものとなり、 もはやそこに自分の居場所はない。断念と諦念、その後に訪れた孤絶感の淵に作者は重く佇んでおり、本作品はそれを見事に描き切っているのである。

*『偽りの蒼い空』や『不安』といった作品も強く印象に残る。『偽りの蒼い空』は、破綻した「愛」を扱った詩である。 「荒涼とした海の上を/私の魂は彷徨っている/現在と過去が綾取りをして/記憶の中を交錯している」といった部分では、青春の詩人・ランボーやヘルダーリンを彷彿とさせる、青春期のたゆたうような精神の「彷徨」が率直に表現されていると言えるだろう。また。『不安』では、「宿命」的な「病」への罹患体験 を経て、作者はその奥に「原罪」を見出していく。「眼に見えなく/形のないものが/僕の背中に横たわっている/それは/ずっしりと重く/動かない」―― 「不安」とは、無根拠に人間の精神を蝕み、苦しめ、抑圧するものである。それを作者は「原罪」と読み替えて解こうとしているのである。

*表題作『天国の地図』は、「死」という非日常の実感を「日常」世界に取り込んでしまった、作者にしか表現することのできない、洒脱で、距離感をもった作品と言えるだろう。
実際には余人の想像を大きく上回る苦しみであったに違いない。だが、作者は自己を「他者」として捉える視座を保っており、詩文には見事な距離感が達成されているのである。重みと痛切さの中にも洒脱さが感じられる所以である。
同様の苦しみの中にある読者なら大いに勇気づけられるだろうし、それ以外の人々も深く共感することだろう。


テーマ: 紹介したい本

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スプリンターは疾風の如く。 

スプリンター

 娘の出身校である東洋大学にこれほどの選手がいる事を私は全く気付かなかった。娘が第一志望に選んだ大学だったから、親としてもう少し関心を寄せるべきだったと反省しているが、ロンドンオリンピックミドル級金メダリストの村田諒大選手の事は知っていた。
 9月8日~10日の3日間に渡り、福井運動公園陸上競技場で開催された『天皇賜盃 第86回 日本学生陸上競技対抗選手権大会(全日本インカレ)』で9月9日、陸上男子100mに出場した桐生祥秀(東洋大)が9秒98を記録し、日本人で初めて10秒の壁を破った。
 このニュースは瞬く間に列島を光の如く駆け巡り、歓喜の声が日本各地で沸き上がった。日本人スプリンターにとって10秒の壁は、そこに存在するエベレストの如く高き峰だったかも知れない。世界の陸上界を見渡せば、外国人、特に黒人選手たちの独壇場である。カール・ルイスを初め、陸上界の王者ウサイン・ボルトなど、優れた身体能力、高身長、長い脚とどれを取っても日本人選手の敵う相手ではないように思えた。
 生まれた国や民族性など走る事に長けている狩猟民族のDNAが長い時を経てもなお、現在に受け継がれているのである。群雄割拠する短距離の中で日本人選手が世界と肩を並べるには、並大抵の努力では実現出来ないだろう。
 スプリンター個人の持って生まれた素質と恵まれた体格、優れたコーチたちとの出会いやライバルの存在など、運も含めてこれらの要素が一つになった時に奇跡的とも思える記録は誕生する。桐生選手はスタートもさる事ながら、中盤での超人的勢いがそのままゴールを引き寄せた。追い風も味方したとは言え、桁はずれの瞬発力や持続性は黒人選手たちを脅かす材料になっている。
 9秒台を視野に入れた日本の若きスプリンターたちにとっても、桐生選手の快挙は大きな弾みになる事は間違いないだろう。桐生選手が東洋大の法学部に所属している事を知って、娘も同じ法学部だったからもしかすると面識があるのではないかと思った。今度それとなく娘に訊いてみようと思う。
 走る事には全く縁がなく苦手な私であるが、このような勢いがあり希望を与えてくれるニュースは嬉しいものである。桐生選手、日本新記録おめでとうございます。これからも益々活躍してくれる事を期待したい。

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後悔の涙(母を偲んで)。 

額田雪子




安らぐ場所にたどり着いたのか
苦しまずに逝ったのか
痛みはなかったのか
毒を飲む瞬間
何を考えていたのか
僕のことを想い出しただろうか
通夜にも立ち会えず
最後のの顔も見届けず
火葬にも出席出来なかった
僕は幼すぎたのか
の死を知らされた時
他人事と思えた
僕の心は余りにも冷たかった
今になって
後悔が僕の心を掻き乱す
あなたに会いたかった
どんな形でもよいから
会いたかった
この僕を産んでくれた
あなただもの



※9月8日は(額田雪子)の命日でした。福島県常磐市大字上湯長谷字上ノ台にて没。享年28歳。この写真藤枝市茶町にあるの実家の仏壇に飾ってあったものを伯父に頼んで頂いて来た、数少ない母の貴重な一枚。

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感染性心内膜炎を阻止せよ! 

抜歯8.22


 行方知れずだった夏が青空を引き連れて東京に戻って来た22日、バッグにいつもの入院グッズを詰め込む。短期入院だから荷物は少なめにしたかったが、心臓疾患を抱えるこの身体いつ何時、不測の事態に遭遇するか先が読めないため、それに備えてパジャマや下着は多めに用意。
 黒い大きめのバッグはそれらの荷物でパンパンに膨れ上がっていた。そして背中にはバックパック。これらの荷物を持って病院までの道のりはかなり辛いものではあったが、幸いにして今回の入院に心不全は関係なかったため、意外に足取りはそれほど重くはなかった。
 それにしても夏場に入院するのは2008年6月以来9年ぶりとなる。今年はもう入院はしないつもりだったが、どうしても早急に抜かなければならない歯が1本見つかったため仕方のない事ではあった。
 抜歯入院となる事は循環器外来時に主治医に話しておいたが、「人工弁が入っているから早めに処置した方がいいですね」と念を押された。斎藤工が主演する医療ドラマ『最上の命医』でも取り上げていたように、治療中、或いは放置状態だった虫歯が原因で血管内に細菌が侵入し、心臓内に菌の塊(病巣)が出来その結果、心臓の一部を腐らせてしまい、手当が遅れた場合は死に至ると言う恐ろしい病気が感染性心内膜炎である。
 私のように機械弁を使用している場合はそれ以外に細菌による「人工弁閉鎖不全」となるリスクも高く緊急手術が必要となる。いずれにせよ命の危険が伴うため、たかが虫歯と侮っていると寿命を縮める病気に発展する。口腔内は常に清潔を保ち、特に就寝前は歯磨き・うがいを怠らない事である。
 心内膜炎虫歯以外にストレスや他の病気で免疫力が低下した場合にそのリスクは高まる。風邪は万病の元と言われるように、些細な事が原因で命に関わる病気に罹患する事もあるため、健常者であっても「自分は大丈夫」と思い込まず、日頃から健康管理に気を配る事が不可欠である。
 但し、心内膜炎は稀な病気であり健康な人が罹患する確率は非常に低いのも事実。最も注意しなければならないのは、私のような心臓疾患で血液の流れに乱れがある場合に発症するケースが殆どであるため、むやみに神経質になることはない。
 歯科医が私に向かって頻りに「心内膜炎」を連発するのはそのためであり、入院しての抜歯は最善の処置であるだろう。前回は出血が止まらず入院が長引いた経緯もあったので、最初から止血剤を使用したため今回は殆ど出血せず予定通り早々の退院となった。
 現在、虫歯を治療中の方はもちろんの事、虫歯に限らず口の中に違和感があったり、普段とは明らかに違うと疑問や不安を抱いた時は早急に歯科を受診し、早期発見・早期治療に専念して頂きたく思う次第である。

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横浜ラブ・ストーリー。 

横浜ラブストーリー


ハマの酒場に 未練を残し
酔ったふりして 泣きつくす
夢にやぶれた 女がひとり
空のグラスに 想いがにじむ
アアア~ ここは横浜 愛がかすむ街

たどり着いたら の街
やぶれたなら 捨てましょか
いっそ 濡れて 生きるなら
潮風 抱いて 眠りたい
アアア~ ここは横浜 夢がにじむ街

の青さが まぶしくて
どこまで沈めば 気が済むの
白いカモメは ゆりかごで
さえずり眠る 子守唄
アアア~ ここは横浜 恋がたたずむ街


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娘のペットはアナコンダ。 

パイソン

 娘がヘビ好きだと言うのを私は昨年初めて知った。Lineで会話のやり取りをしている時、「を飼ってるよ」と聞かされた時は流石に驚いた。娘が鳥好きでインコについて過去に何度か綴って来たが、まさかのヘビ発言で面食らってしまった次第である。
 「いつ頃からヘビが好きだったの?」「保育園の時からだよ」「ええっ!そうだったの?」これまた意外な返事で更に驚いた。幼少の頃、そんな素振りは全く見られなかったし、動物園へ足を運び沢山の様々な生き物に触れてはしゃいでいた娘の幼い姿を何度も見て来たが、ヘビ爬虫類)に興味を示す様子は伺えなかった。これは「子の心親知らず」で、私の眼が親として節穴だった事を思い知らされた。
 娘が手に持っているヘビボールパイソンと言い、アフリカに棲息するニシキヘビニシキヘビ属に分類される種類である。体長は最大で2mまで成長するようだ。性格は温厚でヘビの中では最も飼い易いタイプ。爬虫類ペットとしては初心者向けとも言われている。
 娘のヘビ好きは一体誰に似たのだろう?と疑問がよぎった。私も母親もヘビは苦手で思い当たる節がない。暫く考え込んでみて「あぁ、そうか!」と納得に至った。それは私の父の事である。父が生前ヘビ好きだったか分からないが捕まえるのは得意だった。父は捕まえたヘビを私によく見せてくれたが、幼い私はそれが恐くて泣きべそをかきながら逃げ回ったこともあった。
 ここで父とヘビに纏わるエピソードを一つ紹介しよう。それは私が小学3年生の時で、まだ心臓病を患う前の事。学校から帰ると父が物置小屋の前で何かを引っ張り出そうとしていた。「父ちゃん何してるの?」と興味津々で近づいてみた。父は両足を踏ん張り、両手で太いロープを握り引っ張っているように見えた。が、よく見るとその太いロープに「鱗」のようなものがあるのを発見!「えっ!それってヘビ?」ロープだと思っていたものが実はヘビの身体だった事に驚きの声を上げてしまった。
 それは体長2mを悠に越す大きな青大将だったのである。ヘビは逃げようと必死で抵抗を続けている。父もまた必死に引っ張り出そうと顔を真っ赤にしながら踏ん張っていた。ヘビの頭は物置の奥に隠れて見えなかったが、結局、父が根負けしてヘビの身体を離した。ヘビはスルスルスルっと物置の奥に逃げて行った。「父ちゃん、逃げられちゃったね…」「あぁ、あの青大将は家の主だよ」「そうなの?」大きな青大将が家の縁の下に棲んでいるのを知ってはいたが、実際に眼にしたのは初めてだった。
 父のDNAが娘に隔世遺伝したと考えれば、娘がヘビに興味を抱くのは納得出来る。ヘビを手にしながら得意げな顔で私にヘビの話しを聞かせてくれるその姿に、亡き父の面影が重なって心が和らぐ気がした。もしかすると父がヘビの姿を借りて、私と娘に会いに来てくれたのかも知れない。

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命のプレゼント―心臓病をありがとう。 

命のプレゼント


寺嶋 しのぶ
命のプレゼント―心臓病をありがとう
四六判・上製・帯付/132ページ
著者/寺嶋 しのぶ
カバーイラスト/寺嶋 しのぶ
カバーデザイン/森下 恵子
発行所/文芸社
定価/本体1200円+税
ISBN4-8355-9198-4 C0092


 私の著書 天国の地図と同じ文芸社から2005年6月に出版された詩集である。著者の寺嶋しのぶさんは「全国心臓病の子どもを守る会」の内部組織「心友会」のメンバーでもあった。
 私は現在でもこうして生き長らえているが、彼女はもうこの世にはいない。その代わり命の尊さを詩に託して生きることの素晴らしさを残して行ってくれた。
 重度の先天性心臓病であった彼女は、幼い頃より度重なる手術に耐えなければならなかった。この病との闘いの中で、彼女は生きることの素晴らしさを日々抱きしめていた。
 「あぁ…/私はここにいる/命を受けて/愛されて/私はここで生きている」(「生命」より)と。だが、18歳で4度目の手術を受けた際、虚血後脳症となり脳死寸前に。
 そして2004年、23歳の若さでついに力尽きてしまう……。
 本書は著者が14歳から18歳までに書き綴った詩を集めた作品集。生命への賛歌を高らかに謳い上げた感動の一冊。


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七夕物語り。 

七夕物語



七夕の夜
天の川小舟で渡っていると
星が一人で泣いていた
はぐれたあの娘を追いかけて
流れの中で迷ったの
このまま何処まで行ったとて
あふれる天の川
星の渦巻き 闇の中
夜に紛れて消えた星
お空はとっても広すぎて
あの娘を探し切れないの
せめて今宵の星空だけは
あの娘と一緒の天の川
願いを込めて祈ります



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レインコートにkissの雨。 

kissの雨


降りしきる の中を
靴音響かせ 駆け抜けた
水たまりに 弾ける想い
ヒールの底に
乱れた心を 忍ばせながら
ビルの谷間で 時間が溶けて
あなたの影が まといつく

ヘッドライトが 悲しげに
二人の影を 映し出す
止まらぬ車と あなたの背中
夜の帳に 包まれる
捨て台詞 一つ残せず
無常のに さえぎられ
通り過ぎるは 面影ばかり

だから レインコートkiss
降って降って 降り止まぬ
だれ模様のkiss
濡れて滲んだ 心が溶ける
だから レインコートkissの雨
降って降らせて あなたの心
Kissの雨で濡らしてみせる
流れるは kissの雨


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病院食は父親の味(父の日に寄せて)。 

病院食

 私が初めて入院を経験したのは小学6年の時だった。心臓病の発見は小学4年の時であったが、約2年間は医者の目に触れることはなかった。そこには劣悪な家庭環境が背景にあり、学校から専門医の診察を受けるよう注意を促されていたにも関わらず、父はみて見ぬ振りを決め込んでいたのである。
 労働意欲の全くない父は、明るい内から酒を飲み顔が夕日に染まる頃には、赤い顔を更に赤くして酔いどれていた。経済力も健康保険証もない状況下では、どんなに病状が進行しても医者に掛かる余裕などなかったのである。
 そんな環境ではまともな食生活が送れる筈もなく、一日三食の日は年に数えるほどしかなかった。栄養不足の私の身体は、病気も手伝って見る見るうちにやせ細って行った。
 「ウー、ウー、ウーッ…」
 けたたましいサイレンを響かせながら、夜の闇を走る救急車の中に、顔を止まらぬ鼻血で真っ赤にした私と酒臭い父の姿があった。藤枝では一番大きく、設備の整った「藤枝市立志太総合病院」に向かって白い車は走った。到着した救急車を待ち受けていたのは、数人の医療スタッフとストレッチャーだった。
 「何処へ連れて行くのだろう…」
 不安な表情を浮かべる私に父が上から語り掛けて来た。
 「とし坊、もう大丈夫だ…」
 酔いが少し覚めた父の口調は優しく温かだった。子どもにとって親の一言がどれだけ大切で救われることか。私は涙を溜めながら「うん」と頷いた。小児科病棟の個室に運び込まれると、その後から慌ただしく看護婦たちが出入りしていた。
 扉には面会謝絶の札が掛かり、病状の重さを物語っていた。点滴がその夜から始まり、3週間近く続いた。個室にいる間は父が時々様子を見に来たが、泊まって行ったのは入院初日の夜だけだった。完全看護とは言え、まだ11歳の子どもである。1人で個室にいるのは淋し過ぎた。ただ、その淋しさを紛らわしてくれたのが朝昼晩の病院食であった。
 1日3回、しかも毎回メニューが替わる食事は、子どもの世界を一変させるほど効果があったし、家にいたらこんな風に毎日ご馳走は食べられない。育ち盛りの子どもにとっては空腹ほど残酷で耐え難いものはなかった。
 その日の夕食は、刺身と肉じゃがにワカメの味噌汁だった。食事中に父が紅い顔をしてやって来た。病棟に酒の臭いが広がるのはとても恥ずかしかった。ガツガツと餌にありついた犬のように食べる私を見て父が言った。
 「みっともないから全部食べずに、少しは残せ…」
 何の苦労もなく子ども時代を過ごした父は人一倍プライドだけは高かった。父の馬鹿げた言葉だったが、そんな言葉に耳を貸すこともなく、私は綺麗に夕食を平らげた。そして味噌汁を一気に飲み干した。その後で父が言った。
 「どうだ、父ちゃんが作った味噌汁とどっちが美味い?」
 「そりゃあ父ちゃんの方が美味いよ」
 「父ちゃんの味噌汁は世界一だもん」
 「そうかー、退院したら毎日作ってやるからな」
 嘘でも嬉しい父の言葉が、病院食の器の中で優しくいつまでも木霊していた。


※初掲載:2012年11月4日0時36分32秒


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爆報!THEフライデーに写真を提供。 

爆報フライデー

 去る5月26日(金)19時~、爆笑問題がMCを務めるTBSテレビの人気番組『爆報!THEフライデー』がメインで取り上げた内容は、ビッグダディの元妻・美奈子さんの近況であった。離婚から4年が経った彼女が7人目の出産で危機に瀕しており、妊婦の8人に1人が罹ると言われる妊娠糖尿病との壮絶な闘いで、心臓肥大巨大児などのリスクを抱えつつ、それを見守る家族や医療スタッフそして新ダディの登場と、話題の尽きない内容であった。
 さて、既に気付いた方もいると思うが上の心臓肥大の画像、実は私の心臓のレントゲン写真である。写真の左下に提供:神戸俊樹とあるのがお分かり頂けるだろうか。TBSに写真を提供した経緯は、5月20日FC2のメールフォームから1通のメールが届いた。送信者はTBSテレビで、今回番組で妊娠糖尿病の一環として心臓肥大を取り上げるため、私の心臓のレントゲン写真を使用させて欲しいと言う内容だった。
 余りにも唐突なメールだったため、最初はイタズラ?と思ったが、爆報!THEフライデーは高視聴率を誇る有名な情報バラエティ番組であり、その番組制作に自分の心臓が役に立つのであれば喜んでこの傷だらけの心臓を提供しようと決心した訳である。
 番組制作スタッフの松村さんと何通かのメールのやり取りをし、レントゲン写真の元データをメールに添付し送った。肥大した心臓の写真などは病院に依頼すれば手に入れる事は容易だと思うが、これはまさに個人情報の一部であり、更には患者の立場や患者自身が抱える悩みの原点でもある。その一部を世間の眼に晒すなどと言う事は、相当な勇気と決断力がないと出来る事ではない。
 私自身は子ども時代から心臓病との付き合いが長く、ネット上でも自分の病気について包み隠さず公開している事もあり、その辺りで今回のレントゲン写真について良い意味で私に白羽の矢が立ったものと推察される。
 美奈子さんは懸念された妊娠糖尿病の影響もなく、体重3440gの健康な女児を無事出産。家族全員で考えた名前が柚都(ゆづ)ちゃん。番組の最後に制作スタッフが『新ビッグダディ編』の密着取材を申し出たが、「それはいい、静かに暮らしたい」と笑顔でキッパリ断っていた姿が印象的であった。
※番組関連記事公開と番組の画像使用について快く承諾して頂いた制作スタッフの松村好恵様にこの場を借りてお礼申し上げます。

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退院祝いは上天丼で。 

上天丼

 前回の記事がいささか暗すぎたため、明るい話題で話しを盛り上げ気分転換を図ってみたと思う。自宅から歩いて数分も掛からないほどの近距離に和食レストラン「とんでん」と「ジョナサン」がある。10分も歩けば100円均一でお馴染みの「くら寿司」や牛丼の「松屋」などがあり、外食には事欠かない環境。
 先日、退院祝いを口実に娘を誘い「とんでん」にて会食。私が注文したのは上天丼の単品と生ビール(中)、娘はまぐろアボガド丼と桜肉のユッケ風を注文。久しぶりの天丼に舌鼓を打ち、よく冷えた生ビールで乾いた喉を潤した。
 普段は厳しい食事・水分制限の管理下にある身体のため、自分では意識せずとも相当のストレスが鬱積しているように思う。食べたい物を腹一杯食べられない環境に慣れるまで随分と時間が掛かった。数年前、牛丼を3日続けて食べたら心不全になってしまい入院した経緯がある。主治医に牛丼の話しをすると、「神戸さん、駄目ですよ~牛丼は…」と怒られてしまった。
 それ以来、牛丼を食べるのを止めた。他にも止めた物は沢山ある。パスタもやはり食べ過ぎると心不全の元になるので止めた。大好きだったチョコレート、ジュース、漬物、ラーメン、果物etc…。心臓や腎臓に負担の掛かる物は食べる量や回数を減らさなくてはならない。
 外食は味付けが濃く塩分も多めに作ってあるため、それを計算に入れながら何を食べるか選択する。会食の時くらいは病気の事など忘れて、眼の前にある料理に箸を進めたいものである。
 「パパ、これ全部食べたらヤバイかもなぁ…」と娘に問い掛けながらエビ天を口一杯に頬張る。娘の顔から笑みが零れ、それに釣られてつい私も笑ってしまった。年に数回の外食だから、普段は煩い神様もきっと見逃してくれるだろう。

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薬の増量が希望を打ち砕く。 

増量

 出口の見えない長い長いトンネルに入り込んでしまったようなこの一ヶ月。風薫る新緑の溢れる清々しい季節だと言うのに、春と夏が同居しているようなこの時季、激しい気温差や、低気圧が近づいて来ると酸素が薄くなるため、その影響で体調不良を訴える人も多い。
 5月10日、循環器腎臓内科の外来へ。一時増えた体重は63キロ台に戻り退院時と同じになったにも関わらず、病院までの足取りは重く息切れも酷かった。長い連休明けの外来はどの科も普段の倍に近い患者たちで混雑しており、座るスペースを確保出来ないほどだった。
 退院後の体調があまり芳しくない事を主治医に訴える。日中から夜にかけて両脚が浮腫み、近所のコンビニまで買い物に行くだけで息切れが起こる始末。これまでとは明らかに違う心臓の違和感に不安を抱き、その影響で心も疲弊していた。
 電子カルテを覗き込み、処方されている薬の種類を見詰めながら眉をしかめる主治医。「これ以上増やすとしたら利尿薬くらいしかないですね…」「サムスカ増やせます?」「うーん、それは最後の手段かなぁ…」。「そうなんですか…」。内科的治療の限界点に近づいている事を示唆しているような会話のやり取りだった。
 思い付いたような口調で主治医が言った。「アルダクトン出してみましょうか」。アルダクトンもサムスカやラシックスと同じ利尿薬であるが、前者とは性質の違う利尿作用はそれほど強くはないが、カリウムの排出を抑える心不全治療薬である。カリウムを体内に溜め込むため、高カリウム血症のリスクが増える。そのため定期的な血液検査は必須。
 現状の病態を改善出来るのであればどれほどリスクの高い薬であれ、藁にも縋る思いでその処方に理解を示した。何れにせよ3回目の心臓手術が現実味を帯びて来たことは言うまでもない。
 あと何年この心臓が持ち堪えられるのか、それはおそらく主治医にも分からないだろう。年々悪化して行く心臓に希望をもたらす新薬が登場してくれる事を願って私は今日も生きている。

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桜便り(Pale love)。 

桜便り


の便りとともに届いた
あなたからのメッセージ
まっさらな便箋にひと言
元気にしている?――
忘れるはずだった
あなたの 優しい笑顔
あなたの 熱い眼差し
舞い散る花びらとともに
消えた淡いだったのに
桜並木に手を振って
仕舞いかけた この心
咲かずに散った 未練花
頼りないわたしの心に
桜便りの風が吹く


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うっ血性心不全と抜歯手術。 

抜歯手術

 東京の開花入院中に聞くとは思ってもみなかった。3泊4日程度の短い入院の筈だったが、3月の半分以上を病院で過ごす事になろうとは…。今回の入院抜歯手術を受けるためであり、3月4日の歯科外来で入院の予約を取った。推定される入院期間は2~3日、外来で抜歯という方法もあったが、抱えている心臓疾患とワーファリンによる出血などのリスクを考慮して、入院による抜歯を選択した。
 3月6日、9時30分までに入院受付に行かなければならないため、数年振りに通勤時間帯の満員電車に乗った。入院中は何が起こるか分からない、不測の事態に備えるためパジャマや下着は多めに用意した。
 岩本町駅で降りて三井記念病院までは徒歩15分程度だが、体調が余り思わしくないため息切れが酷く途中何度も立ち止まり深呼吸を繰り返した。この不快な息切れで嫌な予感が脳裏を掠め、「ちょっとやばいかも…」と歩道に向けて捨て台詞を吐いた。
 流れる人ごみの足取りはみな快活で、朝の喧騒が都会の一日の始動を伝えている。病と言う重い足枷を引き摺って病院の門を潜るのとは大違いである。入院受付に着くと、番号札を取り順番を待つ。数分後、簡単な事務処理を済ませ女性事務員に誘導されつつ入院先の13階へと移動。忙しなく肩で息をしている私に看護師が声を掛けて来た。
 「大丈夫ですか?息切れが酷いようですが…」「うん、ちょっと心不全の兆候が出て来て…」心不全のことは全く伝えていなかったため、看護師が驚いた様子で「体重は増えてます?」「一週間ほど前から増えて来て…」「体重測りましょう」。
 体重計に足を乗せると66キロを軽くオーバーしていた。私の標準体重は62~63キロ。僅か一週間で約4キロ増えており、この4キロが殆ど余分な水分で身体中に溜まっているのである。心臓が悲鳴を上げるのは当然のことだった。
 その日の午後に予定していた抜歯手術は急遽延期となり、うっ血性心不全の治療が最優先となった。酸素吸入が始まり、歩行はトイレまで。それ以上の移動は車椅子と酸素ボンベが一緒だった。13階は外科病棟のため、翌日12階の一般病棟へ移動となる。ラシックス20ミリの静脈投与が開始され、水分制限は700mlまで。一日コップ3杯の水さえ飲めないのである。これはかなり辛かったが、水の有り難さを改めて思い知らされることとなった。
 食事に至っては腎不全食のため、塩分は一日4gとこれもまた水分と同様に厳しい内容だった。そうして数日後、漸く体重が落ち始め、呼吸も幾らか楽になったものの胸に溜まった水が中々抜けず、利尿剤のサムスカが増量となる。それが功を奏して入院8日目にしてやっと63キロ台の体重に戻り、心不全の症状も大きく改善した。
 そして15日、本来の目的であった抜歯手術のため、再び13階へと移動。術前の抗生物質の点滴を開始。抜歯は歯科外来の特別室で行われた。上の歯3本を抜くため時間が掛かりそうだったが、意外とすんなり終わり抜歯そのものは40分ほどで済んだ。局所麻酔のため、歯を抜く時の「ミシミシ」という音が頭に響いて血の気が引く思いだった。
 麻酔が切れる頃を見計らって痛み止めのアセリカ点滴開始。3年前の抜歯時、痛み止めのカロナールが全く効かず、2日間眠れぬ夜を過ごし担当医に何度もお願いしてモルヒネを打ってもらったことを思い出した。今回は痛みの不安が早々に解消された点は良かったのだが…。抜歯後の出血さえなければ18日の土曜日には退院出来る筈だった。
 止まらぬ出血に苛立っていたのは私だけでなく、担当医も困り果てていたようだ。「神戸さんのように何日も血が止まらない人は始めてですよ…」。血液をサラサラにする薬のワーファリンとバイアスピリンを長期間に渡り服用しているため、血が止まりにくいのは術前から分かっていることではあったが、私は特に止まりにくい体質のようだった。裏を返せばそれだけ薬が良く効いているとも取れるのだが。
 止血にはガーゼを傷口に当てて噛むしかない。日中はそれでも止まっている時もあるが、夜、眠った後に出血し、口の中に溜まった血液が口元から零れ出てパジャマやベッドのシーツを真っ赤な鮮血に染めてしまった時はショックだった。
 止血用のマウスピースを作りそれを嵌めて様子をみたが、それでも出血は続いた。口の中を何度もうがいする。白い洗面台に鮮血が飛び散りそれをペーパータオルで拭く。その繰り返しだった。術後一週間が経過しても出血が続くため漸く止血剤を使用。すると今までが嘘のようにピタリと出血は止まった。そうして想定外の日々が終わり24日の退院へと辿り着いた。
 24日、歯科外来を受診した後、次の外来を予約して晴れて退院となった。その日はの蕾が一斉に開花するのではないかと思わせるほど温かい穏やかな日であった。それにしても今年も入院なしを目指そうとしていた想いはいとも容易く崩れ去った。抜歯は仕方ないにしても、心不全を起こさない事が目標達成の道しるべであるのに、我ながら情けない結果となった。それでも今回の入院は定期的なメンテナンスと捉え、次のステップとして前向きに受け止めようと思っている。

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忘れられない僕の人。 

僕の人


君は 忘れられない僕の人
ポニーテールが よく似合う
白いうなじを 見せてくれ
笑った口もと 白い歯キラリ
忘れられない 僕の人
くちびる囁く 愛の歌

だめよ だめだめ僕の人
赤いリボン目隠しすれば
小指に絡まる 愛の糸
結んだ約束 解いておくれ
忘れられない僕の人
眠れぬ夜は 愛の歌

囁く君は 僕の人
長い髪を 束ねて眠る
抱いて抱かれた 夜が降り
朝を待つ君 に濡れた
忘れられない僕の人
歌っておくれよ 恋蓮花


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Fitbit(フィットビット)で健康管理! 

フィットビット

 年明け早々の1月5日、息子の勇樹から誕生日プレゼントが届いた。7日に届くようAmazonに注文したらしいのだが、プライム商品だったため、注文した翌日に届いてしまったようだ。さて、今回のプレゼントは私が予てより欲しいと思っていたアイテムで、心拍数を測定出来る腕時計型のフィットネスファッションを両立したリストバンド。
 本場アメリカでは60%を超える圧倒的なシェアを誇る健康サポートアイテムである。身に付けるだけで、その人の健康状態を記録し管理までしてくれる便利な機能が小さなボディに凝縮されており、その内容は「歩数」「移動距離」「消費カロリー」「運動強度」「睡眠状態」「体重管理」等など幅広く、更には自分と他者の健康状態を比較出来るという優れものだ。
  使い方はいたって簡単で、スマフォやパソコンと同期させ、Fitbitiアプリをダウンロードするだけで直ぐに使用可能。ベルトは着脱式であるため、その時の気分に合わせてベルトの色を変えられる点はアクセサリーとしても十分通用する。使い始めて1ヶ月足らずなので全ての機能を把握している訳ではないが、興味を引いたのは睡眠リズムの記録。
 就寝中の「寝返り回数」や「目覚めた回数」までも記録してくれるのだ。因みに私の平均寝返り回数は18回。もし数回しか寝返りを打たなかったとしたら、血流のうっ滞が起こり、エコノミークラス症候群のような症状を起こすリスクが発生する。
 寝返りは身体の歪みを防ぐ意味もあり重要な行為である事がお分かり頂けるだろう。多くの病気を抱え、健康とはほど遠い私であるが、それでも健康的な生活を送ることは出来るし、それを実践することが病気の悪化を防ぐことに繋がって行く。水分補給や食事内容なども記録することが出来るため、水分・食事制限のある私にはとても有難い。
 もちろん、ダイエットに役立つ機能も満載で、あまり動かないでいると「散歩に出掛けませんか」や「ウォーキングを始めましょう」などの運動を促すメッセージが流れたりする。基本はやはり身体を動かすことであり、心不全のリスクに晒されている私でさえも動かないことが一番身体によくないことをこの小さな機械が教えてくれるのである。
 腕時計代わりにもなり、アラームも設定出来、そしてもちろん防水である。このFitbitiで息子と繋がっているため、不測の事態に陥った時も安心である。年々健康志向が強まる現代人にとってはうってつけのアイテムであると私は思うのだが如何だろうか。

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うっ血肝と肝硬変。 

CT画像

 このCT画像は昨年11月に撮影したもの。慢性腎不全があるため、造影剤は使わなかった。CT検査を受けるに至った経緯は、肝機能に関する血液検査の数値が異常に高かったためである。但し、数値の異常は10年以上前から続いており、特に身体的症状もなかったことから経過観察の範囲であった。
 因みに、ALP=695(106~322)、γ-GTP261(13~64)であり、数値だけで判断すれば肝障害、胆道疾患の疑いを持って当然である。そして放射線科の医師が下した所見は、肝辺縁鈍化、左葉萎縮、脾腫、両腎随質高濃度、石灰化沈着。診断=肝硬変脾腫
 12月14日の循環器・腎臓内科の外来で主治医から「肝硬変」と聞かされた時、私は返す言葉を失っていた。父親が肝硬変で亡くなっていることから、この病気は遺伝する?と主治医に詰め寄った。父の場合はアルコールによる肝硬変だったから、それは当て嵌らないにしても、肝臓の弱い体質は遺伝しているのだろうと思った。
 小学5年生の時、身体中が怠くてたまらず、一晩中おばあちゃんに足をさすってもらった記憶がある。白目は黄色く、身体中に黄疸が出ていた。おそらく私の肝臓はその頃から悪かったのかも知れない。
 循環器の主治医は「様子を見ましょう」のひと言だったが、腎臓内科の医師が、消化器内科の専門医に掛かる手配を早速してくれた。そして年が明け1月6日、初めて消化器内科の扉を叩いた。担当医は三井記念病院の副院長で消化器では名医として知られている田川一海医師。「うんうん、なるほど…」と呟きながら、CT画像を丹念に覗き込む。
 どんな答えが返ってくるのか私は怖くて仕方なかった。心臓疾患に関して言えば『慣れ』が生じているため『恐怖』と言う感情は時の隙間に吸い込まれた過去の遺物となっているが、新たな病気に対しては心臓と同類に受け取る訳にはいかなかった。
 「うん、肝硬変じゃないね…」「ええっ?違うんですか??」。私は天と地がひっくり返ったかのように驚き、もう一度「肝硬変じゃないんですね?」と念を押すように質問を投げかけた。田川医師は、紙に図を描いて詳しく説明をし始めたが、私の頭は肝硬変ではなかったことに安堵し、説明はうわの空だった。
 「超音波検査してみましょう、いつがいいかな?」「では来週の月曜日でお願いします」。そして1月16日、再び来院。超音波検査の結果、うっ血肝、脾腫、胆嚢腺筋症(RA洞=ロキタンスキー・アショフ洞)である事が判明した。
 肝臓と脾臓がかなり腫れて肥大しており、更には胆嚢に袋状の構造をした部屋(憩室)が出来ていることが新たに発見された。然しそれは形成奇形であり、おそらく生れ付きのものと思われる。腫瘍でもなく炎症でもないことから治療の必要性はないようだ。
 うっ血肝と脾腫に関しては慢性心不全を抱えているため、十分な血液が臓器に行き渡らず、障害を生じている状態との診断結果だった。要するに心不全を悪化させない事が最優先事項であり、現時点で肝臓の薬『ウルソ』を使う必要性はなし。
 ALPとγGTPの数値が異常に高い原因について、大量の薬を服用しているためではと尋ねてみたが納得のいく回答は得られなかった。何れにせよ、肝硬変の疑いが晴れたため、病院の帰り道が温かい春の陽射しを受けて希望に光る舗道に見え、これでまた一つ寿命が延びたような気がして足取りも軽く帰路に着いた。そして良い医師に巡り会えたことに感謝。

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娘のカレーは母親ゆずり? 

カレーライス

 昨年12月上旬の事、娘が約1週間ほど私の所に滞在する機会があった。子どもと一緒に数日を過ごすのは離婚して以来7年振りとなるため、若干緊張したがやはり嬉しいものである。
 私の部屋は狭く、シングルベッドが置いてあるので、誰かが泊まりに来ても寝るスペースを確保するのが難しい。狭いながらも楽しい我が家(古過ぎて知らないか)ではないが、それでも収納スペースは意外と広く、2階がロフトになっているためそこに就寝してもらう事にした。
 私が12月を意外と元気に乗り切ることが出来たのは、やはり愛猫タラの時と同じで、最愛の娘と同じ屋根の下で過ごせたことが大きな要因となっているのは言うまでもない。離婚を二度も経験しているので偉そうなことは言えないのだが、家族に恵まれなかった子ども時代を振り返ると、如何に家族の大切さや必要性が身に染みて分かるのである。
 親にとって子どもは自分の分身だから、娘や息子の姿を通して自分自身を見詰め直すことが出来る。父親として自分は十分過ぎるほどの愛情を子どもに注いで来ただろうか?子どもたちは親の意外な部分を鮮明に覚えていたりするもので、「え!そんなことあった?」などと言う会話も少なくない。
 「今日の夕飯はカレーを作るからこれ買って来て」そう言って渡された紙切れに、ニンジン・パプリカ・玉ねぎ・キノコ・鶏むね肉・茄子・牛乳の文字が無造作に書かれてあった。「パプリカって何?」「ピーマンみたいな野菜で赤とか黄色の」「ジャガイモは?」「私、ジャガイモ嫌いだから」こんな会話をした後に近くのスーパー『アコレ』まで買い出しに出掛けた。
 娘が作ってくれる料理を食べるのは初めてだったので、「母親の味に似ているだろう」と思っていたが、それは全く見当外れで、食材の段階で既に母親のそれとは異なっていた。狭いキッチンにブツブツ文句を言いつつも、手際よく野菜の皮を剥きサクサクと包丁を入れて行く。私は娘の後ろでその様子を感心しながら見詰めていた。
 業務用の大きな鍋にカットした野菜などを入れ、油で炒める。立ち上る白い湯気の中に家族の温もりが見える気がした。水を少し加えた後に牛乳を500㏄入れる。「私、牛乳をたっぷり入れたクリーミーなカレーが好きだから」「ふーん、そうなんだ…」。それはまさしく母親のものでなく娘オリジナルのチキンカレーであった。
 気の利いた食器があればもう少し美味しく見えるのだが、男の一人暮らしだから、100均で買った安っぽい食器しかない。娘と向かい合わせに座り、小さなテーブルに並んだカレーを見て食事は一人より二人、二人より三人…、そうやって家族で囲んで食べるのが何よりの幸せだとつくづく思った。
 甘口のカレーが、娘の優しさを代弁しているかのように口の中一杯に拡がり、身体中が娘とそして家族の味に充たされて行くようだった。

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テーマ: カレー

ジャンル: グルメ

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野に咲く花のように。 

野に咲く花



野に咲く名もないのように
に吹かれ に打たれ
凍てつくの日にも
土の温もりを友として
けなげに咲くことを諦めない
そんなのような存在になりたい

野に咲く名もないのように
人生という大地に根を張り
揺るぎない意志と情熱を持ち
うろたえることもなく
一心に咲き続ける
そんなのような存在でありたい


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テーマ: 自作詩

ジャンル: 小説・文学

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翼を拡げ、新たな年にチャレンジ! 

翼を拡げ

A Happy New Year 2017

 時計が午前0時に差し掛かろうとしていた。「ゆく年くる年」を見ながら除夜の鐘に耳を傾ける。その鐘の響きで凡ての煩悩が消える訳ではないが、心地良い音色に変わりはなかった。2016年の想いが鐘の音とともに溢れ出して来る。
 「今年こそは入院しないぞ!」と誓った元日の陽射しは眩しく、希望の光の如くに輝いて見えた。そしてその目標は現実となり、今こうして時を跨いで新年を迎える事が出来た。「やれば出来るじゃなか…」と呟き、達成した安堵感に包まれている。
 病院外来での検査データを見る限り、決して良くなっている訳ではないが、良くなろうとする前向きな姿勢が大切なのである。
 多くの善良な人たちに見守られ、時には励まされながら着実に目標に向かって歩を進めて来た。酷い不整脈に見舞われ心が音を立てて折れてしまった事もあったが、愛猫タラの意外な登場で救われたりと浮いたり沈んだりしながらも、常に忘れなかったのは「諦めない」の意地にも似た心境だった。
 諦めてしまった方が楽だろう…なんて決して思わぬふてぶてしさは、途方もなく長い闘病生活の中で培われて来た闘志と言えるのかも知れない。
 治る見込みが失われても与えられた「生」の中で最善を尽くすことが生きる事に大きな意味を与えてくれる。この先、何年生きられるだろうなんてネガティブな発想は捨てて、「100歳まで生き延びてやる」くらいの意気込みで日々闊歩して行こう。
 今年の目標は敢えて決める積りはないが、酉年に因んで(由来に関係なく)翼を拡げ大空に羽ばたく鳥になり、あらゆる意味に於いてチャレンジの年にしたいと思う。
 皆様に幸福の翼が舞い降りる事を願いつつ、昨年同様に本年も私とこのブログをよろしくお願い致します。

2017年1月1日 ベッド上にて執筆。
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テーマ: 病気と付き合いながらの生活

ジャンル: 心と身体

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いじめっ子には怖いサンタがやって来る。 

怖いサンタ


 クリスマスソングは非常に多く教会などでは「もろびとこぞりて」「きよしこの夜」などが代表的。場所を変えて街やTVで聞こえてくる曲はクリスマスイブ(山下達郎)、クリスマスキャロルの頃には(稲垣潤一)、恋人はサンタクロース松任谷由実)、ハッピークリスマス(Jレノン)等。
 人それぞれ思い出の曲があり、イブの晩に失恋してしまったりとほろ苦い経験を持っている人もいるだろう。
 私のお気に入りは佐野元春の「クリスマス・タイム・イン・ブルー聖なる夜に口笛吹いて」。特に思い出がある訳ではないが、クリスマスをメッセージソングとして扱っている所が気に入っている。
 サンタクロースに願い事をし、プレゼントを心待ちにしていた幼い記憶を皆が持っていた。無垢な心からやがて月日が経ちその正体を知り、そして今度は自分が親になりサンタを演じている。
 サンタクロースの真実を知るのは平均で7歳だと言われているが、私は今でもその存在を信じている。人類がこの地上に生まれ進化し栄光と繁栄を繰り返して来たが、その影には醜い権力の争いが常に付きまとって来た。
 それでもサンタクロースは年に一度訪れるのである。サンタは神の化身、諍いの絶えない人間に心を痛めた神は、サンタクロースに姿を変えて子どもや大人に一つのプレゼントを置いて行く。
 それは愛である。愛情の篭ったプレゼントほど嬉しいものはない。愛とは受け取るものではなく、与えるものだと教えてくれている。頂いた愛は人から人へと受け継がれていくもの。貴方は生まれながらにしてこの世に生を受けた時、既に母胎の中で愛を感じとっているのだ。

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忘年会のある風景。 

忘年会

 今年も師走に入りいよいよ1年の締めくくりである。巷では忘年会や新年を迎える準備などで多忙を極めている人も多いだろう。来年の話をしても、もう鬼は笑わないし、2016年を振り返り、宴会で美味しいとご馳走を前にして、寒さに引つった顔も綻ぶ事と思う。
 私は「」と言う言葉に敏感である。嫌いではないが、病気のため殆ど飲めないに等しい。それでも20歳の頃などは正月になれば友人宅で一升瓶の日本酒ウイスキーのボトルを二人で空にしてしまった事もある。
 一晩で飲む量としてはかなり多い方だと思う。次の日は朝から頭がガンガンして二日酔い、そのため一日中横になっていた。急性アルコール中毒で亡くなる人もあるし、自分の身体にあった飲み方をしないと取り返しのつかない事になる。
 私の父はアルコール依存症乱だったため、私の子ども時代はこの父ととの闘いの日々と言っても過言ではない。私は一人布団に入り何時帰るか分からない父の事を気にしながら眠っていた。
 柱時計は既に午前0時を過ぎている。当然こんな時間まで起きている子どもも大人もいない。深夜の道が街灯の明かりでぼんやりと闇の中に浮かんでいる。車も人の気配もなく何処かで犬が吼えていた。
 小さな豆電球だけをつけたまま、薄い布団の中で明日の夢を見ている私の耳に聞こえて来たのは、無造作に玄関の扉を開ける音。静まり返った冬の夜空を裂くように響き渡った。そして不規則な足音と微かな呻き声。
 いつもの聞きなれた音と声ではあったが、私の身体は震えていた。これから起きる父とのやりとりを既に感じていたからだ。座敷に上がり襖を力いっぱい開けると、父は布団をめくりあげ「とし坊」と声を掛けて来た。それは地響きのように私の小さな身体を恐怖に揺らした。枕元に座り込み愚痴を話始める父。かなり酔っているので何を言っているのか聞き取れない。
 酩酊状態の父には明日の学校の事など頭の中には何もなく、自分の目の前にいる子どもが息子である事さえ忘れて、鬼になった父は吼えそして暴力が始まるのである。私は広い屋敷の中を小人のように逃げ回り、裸足のまま裏口から凍てついた庭の方へ逃げ出した。光輝く月と数々の星屑が庭の隅々まで反射している。逃げ場所はいつも決まっていてそこだけが安全な場所だった。
 数時間じっと動かず寒さに耐え、そっと家に戻って見ると父はその晩飲み食いしたと思われる物を胃袋から全て吐き出していた。元々に弱い父だったから身体が受け付けてくれなかったのだろう。畳に染み込んだ嘔吐物を始末するのは私の役目。
 父の身体に布団を掛け、自分も明日に備えて再び眠りに落ちた。私に取って酒は「きちがい水」そのものだった。いまでは差別用語になっているので耳にする事もないが、酔っ払いの姿を見るたびに父を思い出して懐かしい時代を振り返るのである。

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二人のメロディー。 

二人のメロディ


便り途絶えた あの娘は何処に
風が運んだ うわさを聞けば
想い出の小径
流れるメロディー
二人 口ずさんで歩いたね

君の名前で 預けたボトル
空になったら 戻っておいで
想い出酒場
たたずむ メロディー
忘れる事など なかったよ

うわさばかりを 追い掛けて
見知らぬ街を さまよった
君のうた声
二人の メロディー
探してここまで 来ちゃったよ

二人のメロディー 流れるメロディー
寄せては返す波のように
想い出メロディー 君へのメロディー
あああー 今夜も一人 口ずさむ


※誰にでも想い出の曲はありますよね、私の場合は因幡晃の「わかって下さい」でした。若かりし10代の頃に大失恋した当時を想い出します。

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入院ゼロまでのカウントダウン。 

三井記念病院

 時の流れは想像以上に早く感じるもので、今年も余すところ後1ヶ月と少し。昨年を振り返ってみると丁度今頃は心不全で三井記念病院に入院中であった。年の始めになると毎年のように抱負を語るが、今年もやはり「入院しない」だった。その抱負がもう少しで現実のものになろうとしている。
 過去5年間を振り返ってみると、2012年は1月の循環器外来時、心臓が肥大していたため入院を勧められたが、愛猫タラがいたため入院を断り自宅にて静養。それも入院に含めれば100%の確立で入院を余儀なくされていた。
 最も酷かったのは2013年1~4月に掛けて。既にご存知の方も多いと思うが、私の長い闘病履歴から見れば「万事休す」そのものだったのが脳梗塞である。右半身が完全に麻痺した時の恐怖は簡単に言葉で表せるものではない。然しながら幼い頃から強運の持ちである私はこの時も奇跡的な復活を果たした。
 僅か10日で退院出来、喜び勇んでいたのも束の間で退院から1ヶ月で心不全のため救急搬送、約1ヶ月の入院治療で4つの心臓疾患に加えて慢性腎不全と言う厄介な病名が追加されてしまい、これまで以上に水分管理・食事制限が厳しいものとなった。そしてその年3回目の入院は4月下旬、やはり心不全だった。
 それ以降は毎年11~12月になると救急車を呼ぶ羽目に…。これらは全て自己管理を怠ったための謂わば自業自得の結果であったが、将来的に3回目の心臓手術も視野に入れる可能性が浮上した時、これまでの情けない自分を戒めるように決意を現実のものにする覚悟を決めた。
 病気は自分一人で乗り越えられるものではない。そこには多くの医療関係者、友人、知人、そして同じような悩みを抱える仲間たちがいる。その存在なくして今の自分は有り得ないだろうし、今年の抱負に現実味が増して来たのも応援してくれる有り難い仲間がいるからだ。
 今年も多くの善意に助けられ、感謝の極みである。そして入院を回避出来た事は将来に向けて大きなステップとなり、新たな希望の光と自信に繋がってくれるだろう。今年がまだ終わった訳ではない、手綱を引き締めて油断せぬよう残りの日々を送りたいと思う。

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グッバイ、たまねぎりりィ…。 

りりィ


 その類まれなるハスキーボイスで聴く者たちを魅了し続けて来た歌手で女優のりりィ(本名・鎌田小恵子)さんが11日、肺がんのため死去。享年64歳だった。
 米軍の将校だった父親と日本人の母親を持つハーフだった事もあり、日本人離れした美貌と音楽センスの良さでデビュー当時からその頭角を現していた。
 1972年アルバム『たまねぎ』でデビューしたが、当時はデビュー作がアルバムと言うのは非常に珍しい事でもあった。その2年後の74年に『私は泣いています』が100万枚近いセールスを記録するなど大ヒットして、彼女の名前は世間に広く知れ渡る事となり一気にスターダムに上り詰める事となった。
 女優としても早くからその才能を認められ数多くのドラマや映画に出演し、その場に佇むだけで絵になるなど、台詞が要らないほどの存在感に監督たちは圧倒されていたようである。私は彼女のデビュー作『たまねぎ』に強烈な印象を受けていたため、今でも彼女の事を『たまねぎりりィ』と呼んでいる。
 彼女の歌声を初めて聴いた時、「ジャニス・ジョプリン!」と思わず叫んでしまった。和製ジャニス・ジョプリンと言えば『カルメン・マキ』を思い起こすだろうが、私の中ではりりィ=ジャニスの再来だと思っている。
 そしてまたアングラの女王と呼ばれた『浅川マキ』のブルースが最も似合うのもりりィではないかと思う。近年ではドリカムのヴォーカル吉田美和の義母である事などが話題を呼んでいた。煙草が好きだったと聞いていたので、それが死期を早めてしまったのかと思うと悔やまれてならない。
 64歳と言う年齢は歌・演技に関わらず人生においても円熟味が増し、これから益々活躍出来る年代だっただけにその早すぎる訃報は残念としか言いようがない。ここに謹んで故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます(合掌)。

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言葉のスランプ。 

スランプ


 ここ数日、パソコンがとても遠い存在になっている。いつもなら起きれば真っ先にPCの電源を入れるのだが、ベッドから起き上がる事さえ面倒に思え食事もまともに摂っていない。
 プライベートで心配事が重なり、それを起因とする不眠症の傾向が続いている。朝飲むように処方されている大部分の薬が夕方ないし夜になってしまい、一日3回飲む薬が1回か2回で終わってしまうと言う、悪循環ブログ更新にも影響を及ぼし始めている。
 ボブ・ディランのノーベル文学賞について「答えはいつだって風の中にある」と題した記事は文章が全く纏まらず、言葉の端々が断片的に紙屑のように頭の中を乱舞するばかりで、記事としての文体をなしておらず、おそらくこのままお蔵入りとなるだろう。
 ブログを書き始めてから、過去にこのような経験は一度もなかった。ブログのネタが無い訳ではなく、書き記したい事は山ほどあるのに文章を組み立てる気力が湧いて来ないのである。
 そう言いながらも、こうして現在の状況を説明している訳であるが、これが一つの記事として成り立つかどうかは、読者の判断に委ねるしかない。
 わたしは自分の発する言葉に拘りと責任を持っているつもりであるが、時にはそれが独り善がりになり、思わぬ形で人を傷つけてしまう事もあるだろう。
 あらゆる意味に於いて自分が弱っている時は、言葉にもスランプの時期があるのかも知れない。だから書きたい事が書けず、伝えたい事が伝わらず自己嫌悪に陥ってしまう自分がいる。
 この悪循環を早く断ち切って、気負う事なく記事を書き続ける事が出来るよう、今は「休息の時」として捉え、焦る事なく再スタートを切れればよいと思っている。

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祭りで賑わう夜(詩集・天国の地図より)。 

藤枝祭り



祭りで賑わう夜
父は病床に寝たきりの身体を起こして
息子の帰りを
独り静かに待っていた
外は祭りの熱気で溢れているのに
か細くやせ衰えた肩や手が
息子を呼んでいるのに
今夜には帰り筈の息子は
夜更けまで何処かで遊び惚けている
祭り太鼓
父の胸には悲しく響くだけ
帰らぬ息子を想っているのか
自分の憐れさを悲しんでいるのか
隙間風が枕元を通り過ぎて
祭りも終わりを告げるようだった


※末期の肝硬変余命いくばくもない父から呼出され実家へ帰った時、藤枝は4年に一度の大祭だった。その時を回想して作った

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パソコンは忘れた頃に壊れます(ノД`)シクシク。 

不具合

 先日メインで使用していたデスクトップパソコンに不具合が発生。動画のエンコード作業を終え、電源を切りその後1時間ほどしてからブログの管理画面に入ろうと思い電源を入れたところモニターに「NO SIGNAL」の文字が…。つまり映像信号が届いていないと言う状態である。
 こんな事は初めてだったので、取り敢えずモニターの接続ケーブルを疑い、接触不良などの問題がないか確認をし、再度パソコン本体の電源を入れ直した。然し結果は同じで、パソコン本体の全面にあるインジケータが青と赤の点滅を繰り返しており、通常ならハードディスクを読み込む時の点滅に切り替わらない。しかもDVDトレイのスイッチを押しても開かずリカバリーディスクを試す事すら出来ない状態。
 インジケータ点滅中はCPUなどを冷やす冷却ファンが回る音はするのだが…。こうなってしまうと自分の知識や技術力では解決出来ず、夜も遅かったがメーカー(マウスコンピュータ)の24時間サポートへ電話を入れた。
 電話口に出た女性スタッフに事の次第を伝え、スタッフの指示に従いパソコンからマウスキーボードを残しそれ以外のケーブルを全て外した。その状態で電源ON、然し相変わらず「NO SIGNAL」が表示されるだけで、改善の兆しは見えて来ない。モニターパソコン本体のどちらに原因があるのかこの時点では判断出来ないため、別のモニターがあればそちらを試すように言われたが2台使う必要性はないので、1台しか所持していない。そこで気付いたのがテレビにHDMIケーブルを使用してパソコンを繋ぐ事だった。そして早速それを試してみたが結果はやはりテレビ画面は黒いままで信号は送られていない。
 結局のところ修理に出すしかないと言う事に落ち着き、翌々日に佐川急便が大きな箱を持って引取にやって来た。ハードディスクの回転音がしなかった時点で、私は最悪の事態を想定していた。ハードディスクが壊れていれば、C,Dドライブ内のデータは全て消えてしまい、花火や愛猫タラの動画が消えてしまうのが残念でならず、バックアップの重要性を改めて痛感していた。
 そして数日後メーカーから連絡があり、その回答に驚いた。なんとどこも壊れておらず、正常に動作するとの事だった。頭の中が「???」だらけで、一体あの騒ぎは何だったのだろうと首を傾げるばかり。メーカーの担当者も壊れていないので直しようがないと言った様子であったが、念のためOSの再インストールを提案されたが、それを行うと全データが消えてしまうので、そのまま返却してもらうこととした。
 パソコンなどの精密機械は人間の身体と同じでデリケートに出来ている。自分の身体を労るのと同じでパソコンにも愛情を持って日々接することが肝要なのだろう。今回のパソコン騒動はパソコン自身の心の叫びであったのかも知れない。費用は修理した訳ではないので1万以下で済んだが、人間ドックならぬパソコンドックだと思えば安いものである。いずれにせよ、大事なデータはこまめにバックアップする事を皆さんにもお勧めする次第である。

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2016いたばし花火大会in荒川土手。 

花火2016

 8月6日、愛猫タラの癒し効果が背中を押してくれたのか、足取りも軽く花火会場の荒川土手へと出掛けた。家を出たのは16時だが、西台駅から会場まで徒歩で30分程度。夕暮れ時とはいえ、真夏の陽射しが容赦なく照り付けていた。気温は35℃を越えていたと思う。
 僅か10分も歩いただけで首筋が汗で滲んでくる。冷えた緑茶と氷を入れたマグボトルに早くも手を付けた。ほんの少しだけカップに注ぎ、グイッと一息に喉の奥へと流し込む。1日の水分量は厳しく制限されているから、喉の渇きに任せて飲む訳にはいかない。制限されているからこそ単なる緑茶が格別に美味しく感じるのだろう。
 17時少し前に会場に着き、昨年と同様の場所を見つけ、そこで時が来るのを待った。沈みかけた真っ赤な夕陽が背中に痛いほど突き刺さる。花火見学に来る人の殆どは家族、友人同士、そして恋人同士のようなカップルばかりで、私のように一人で花火を観る人はまずいないだろうと思った。
 それでも寂しいとか羨望の眼差しを投げるような気持ちは全くなかった。色とりどりの浴衣を着た若いお嬢さんたちの姿は眼の保養になったし、手を繋いで歩くカップルたちの姿はとても微笑ましく思えた。
 そんな浴衣姿を見て、ある夏の日の情景が浮かび上がって来た。勇樹の母親「ゆみ子」と出会って迎えた最初の夏だった。私は21、彼女は18歳になったばかりであった。安倍川花火大会を見に行く約束をしていたその日、待ち合わせ場所はいつもの「すみやレコード店」。彼女が来るのを待ちながらレコードを物色していた。
 「シュンちゃん、お待たせ」彼女の声に振り向くと、紺色に花火模様を散りばめた浴衣姿が飛び込んで来た。彼女は長い髪を後ろで結びポニーテールにしていた。「浴衣、似合ってるねー、なんかすごく艶っぽい!」、「うん、ありがとう、初めて着たんだよ」そうつぶやきながらはにかんだ。その表情には「シュンに見せたく着てきた」と言わんばかりだったが、そんな気持ちをぐっと堪えているようにも見えた。
 駿府城のお堀を眺めつつ、人混みの波に二人身を任せた。私の右手をぎゅっと強く握りしめるゆみ子、死んでもこの手は離さないといった、熱い愛情が私の心臓にまで伝わって来るようだった。
 時を告げるかのように花火が夜空に向かって打ち上がる。「オオーっ」という歓声とともに見事な花火が舞い散る花びらのように夜空を彩った。「シュン、わたしもあの花火のように咲いてみるね」「うん?う、うんうん…」。「でも、散り際も花火のように潔くね…」。ゆみ子の呟いた言葉に返す言葉も浮かばなかった。愛などという成熟した感情など持ちあわせていなかった。「恋は下心、でもその恋を二人で育てて愛にする」この境地に辿り着くまでどれほど遠回りしただろうか…。
 気が付くと、打ち上げ開始のアナウンスが風に流されそこら中に木霊していた。今年この花火会場に来れたことに感謝、そしてまた来年も同じ場所に訪れようとささやかな願いを込めて。

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