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いじめっ子には怖いサンタがやって来る。 

怖いサンタ


 クリスマスソングは非常に多く教会などでは「もろびとこぞりて」「きよしこの夜」などが代表的。場所を変えて街やTVで聞こえてくる曲はクリスマスイブ(山下達郎)、クリスマスキャロルの頃には(稲垣潤一)、恋人はサンタクロース松任谷由実)、ハッピークリスマス(Jレノン)等。
 人それぞれ思い出の曲があり、イブの晩に失恋してしまったりとほろ苦い経験を持っている人もいるだろう。
 私のお気に入りは佐野元春の「クリスマス・タイム・イン・ブルー聖なる夜に口笛吹いて」。特に思い出がある訳ではないが、クリスマスをメッセージソングとして扱っている所が気に入っている。
 サンタクロースに願い事をし、プレゼントを心待ちにしていた幼い記憶を皆が持っていた。無垢な心からやがて月日が経ちその正体を知り、そして今度は自分が親になりサンタを演じている。
 サンタクロースの真実を知るのは平均で7歳だと言われているが、私は今でもその存在を信じている。人類がこの地上に生まれ進化し栄光と繁栄を繰り返して来たが、その影には醜い権力の争いが常に付きまとって来た。
 それでもサンタクロースは年に一度訪れるのである。サンタは神の化身、諍いの絶えない人間に心を痛めた神は、サンタクロースに姿を変えて子どもや大人に一つのプレゼントを置いて行く。
 それは愛である。愛情の篭ったプレゼントほど嬉しいものはない。愛とは受け取るものではなく、与えるものだと教えてくれている。頂いた愛は人から人へと受け継がれていくもの。貴方は生まれながらにしてこの世に生を受けた時、既に母胎の中で愛を感じとっているのだ。

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30年振りの万年筆はネーム入り。 

万年筆

 静岡市内でパソコン教室『ゆうらくの森』を経営・講師をしている息子の勇樹から、誕生日祝いのスペシャルプレゼントが届いた。それはネーム入りの黒い高級万年筆!金色でK.Toshikiと刻印されているのが確認頂けるだろうか。
 万年筆で文字を書いていたのは30年以上も昔の事で、今ではもっぱらボールペンが主役となっている。パソコンが普及すると更に文字を書く機会が減り、筆記用具の代わりにキーボードを叩くのが日課となってしまった。
 年末近くになるとほぼ99%の確率で心不全を起こし救急搬送になるため、ここ4年は年賀状を書く余裕すらないという情けない状態。
 息子の「この万年筆で多くの作品を書いて欲しい」と言う熱い想いが篭められたネーム入り万年筆を手に取れば、執筆意欲も盛んに沸いて来るというもの。なんと書き心地の良い万年筆だろうと、感動で手までが震えて来る。
 30年ぶりの万年筆は忘れ掛けていた作品への拘りをも思い出させてくれた気がする。息子からの優しく熱い想いに応え、小説・エッセイ・詩などを意欲的に書き綴って行こうと、今年の新たなスタートを切る事が出来た。
 そしてまた1~2月に掛けて100%の入院を余儀なくされて来た訳であるが、今年はそれを回避出来ている事は実に喜ばしい限りだ。それには勿論、言葉では言い表せぬほどの努力が実っているからであり、一滴の水さえも我慢して忍の一字で入院回避を実現せねばと言う固い意思の下に自分の環境を置き、週一で訪れる看護師のアドバイスにも助けられながら、3分の2壊れてしまった心臓に「よく頑張っている」と感謝の念を忘れず、今年を無事に乗り切って行こうと思う次第である。

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父の日は遠い空からやって来る。 

遠い空

 父の日は母の日に比べるとその存在感が若干薄いような気がしますが、父の働く姿を子どもはあまり見かける機会が少ないため、父親が外でどんな仕事をしているのか、それは日常の親子の会話の中でしか知ることは出来ないかも知れません。プレゼントももちろん大切ですが、それ以上に会話は重要です。

 私と父に関しては過去に何度か書き綴って来ましたので想像は付くと思いますが、これから話す内容は私自身も割と最近になって知りました。私と父が一緒に生活した時間は非常に短かいものでした。その中心は小学生時代に凝縮されています。アルコール依存症で酒が切れると手が振るえ、字を書くとミミズ状態でした。最初に届いた葉書が府中刑務所からでしたが、その葉書には酒を止め、一生懸命働き、美味しい物を沢山食べさせてやると書いてありました。もちろん私はそれが本当だったらどんなに幸福だったろうと思っていましたが、それが叶う筈もありませんでした。
 父は酔うと人格が変わってしまい、鬼のような形相になり襲いかかってきます。それも私だけに対してでした。よそ様に手を出すような事(ヤクザ同士の喧嘩以外)はありませんでした。私の喧嘩相手は一番身近な父でしたが、狂った父をとり抑える事など子どもには到底無理。殴られ蹴られしますが、私なりに抵抗はしました。

 父は酔っている時の自分を何も覚えていません。顔に痣を作って学校へ行くと、クラスメートや担任が尋ねてきます。「神戸君その傷どうしたの?」私は正直に答えず「転んだ」と答えます。常にその繰り返しでしたが、いずれ父の行動は学校中に知れ渡る事となりました。そんな私を不憫に思った担任が養子に欲しいと相談があった時はかなり驚きましたが、私はきっぱりと断りました。何故なら私には父親がいるからです。私の心臓病が悪化したのも責任は父にありました。もっと早く医者に診せていればそれほど酷くはならなかったでしょう。酒を飲んでいない時の父は非常に優しく、またお人よしでした。人からの頼まれ事は断ったことがありません。その為、不本意な結果を招き手錠を掛けられたりと、父自身もまた波乱の人生を送り41年前、42歳の若さでこの世を去りました。
 人は死ぬと生前一番慕っていた人の所に魂となって現れると言われています。私は一回目の手術を19歳で受けました。父が亡くなって一年が経とうとしていた時です。かなり以前に短編小説「冬の蛍」を記事にしましたが、あの作品は半分ノンフィクションです。重度の心臓病を抱えた少年と父親の物語ですが、少年に付き添っていた父は既にこの世の者ではなかった…。少年が一番欲しがっていた「蛍」をプレゼントしてあの世に帰っていく父。そして奇蹟が少年の身に起こる。手術の支度を一人で整え、ペーパーバックに必要な物を詰め込み、静岡市立病院の門をくぐりました。春の穏やかな日差しに包まれた病室が、静かに私を迎え入れてくれます。6人部屋の一番窓際のベッドが私の仮の宿。暫くここで過ごす事への恐怖感はまったくありませんでした。心臓の手術を受ける少年にしては妙に落ち着いて見えた事でしょう。
 そして検査に追われる日々が続きました。そして正にこの時、故郷の藤枝である事件が起こっていたのです。亡き父が私に親らしい事を何一つしなかった事は誰もが知るところでしたが、そんな父の愛情が実は非常に力強いものだったと知ったのです。
 藤枝に住む親戚の伯母にその夜異変が起こったのです。なんと父の霊が現れ、伯母に「俊樹が心臓の手術を受けるため入院しているから早く行ってやってくれ」と伯母に頼んだのです。それは毎晩続き、そして日ごとに布団の上に覆い被さって来、伯母は金縛りに合い、身動きが取れない状態になりました。あまりにもしつこいので「そんなに何度も出てくるなら行ってやらないよ」と父に向かって怒鳴ったそうです。するとその次の晩から父は現れなくなったそうです。それまで私は父が自分を本当に愛していたのか心の奥では不信が募っていましたが、この話しで私は鳥肌が立ち、父の愛情が死してもなお別な形で現れたのだと知った時、大きな愛に包まれている自分を知ったのです。窮地に立たされている時、父はこの広い空のどこかで見守ってくれている事でしょう。脳梗塞から奇跡の復活を果たしたのも父のお陰だったかも知れません。
 父の日に何もプレゼントが出来なかった私ですが、私を活かしてくれた父は、やはりどんな言われ方をしても私にとっては偉大な存在です。ありがとう、親父。天国の酒は美味しいですか。酔っ払って天使を追い掛け回す父の姿が見えてくるようです。


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ひとめぼれ30キロの思い遣り。 

ひとめぼれ

 静岡市在住の息子、勇樹から届いた年賀状に米を送ると書いてあったので、おそらく誕生日プレゼントの事だろうと思っていた。米がプレゼントと言うのも何だか色気のない話しであるが、人間、食わなければ生きて行けないと言う意味では最上の贈り物かも知れない。
 7日の誕生日に届くものだとばかり思っていると、5日の夜に宅配業者から電話が掛かって来た。「もしもし、かんべさんですか?これからお荷物お届けに伺いたいのですがよろしいでしょうか?」。数分後、ドアのチャイムが鳴った。
 ドアを開けるとヤマト運輸の若いお兄さんが「ハァハァ」と息を切らしながら大きな袋のような物を抱えて立っていた。
 「はい、お届け物です、ここに置いちゃっていいですか?」
 「あ、はい、どうもご苦労様…」
 年賀状には何キロ送るとまでは書いてなかったので、せいぜい5キロか10キロだと思っていた。それ以上の米は貰った事がなく、昨年の夏頃だったか養護学校時代の仲良しだった女性から5キロ届いた事があった。
 大きな袋に一体どれだけの米が入っているのか見当も付かず、兎に角重たいので玄関に置いたまま動かす事もままならなかった。早速、息子にメールを入れるとすぐさま電話が掛かって来た。
 「おーい、米ありがとう、一体これ何キロなんだ?」
 「父さん、それ30キロだよ!」
 「えーっ、30キロ!!、宅配の兄さんがゼェゼェ息きらしてたぞー」
 米の話しで盛り上がり、二人で大笑いした。息子の大きな笑い声を聞くのも久しぶりである。昨年は脳梗塞や心不全で心配ばかり掛けてしまい、息子の顔から笑顔がすっかり消えてしまっていた。
 「5キロ10キロは当たり前だから、30キロにしてみた」
 青森県十和田市から送られて来た「ひとめぼれ」30キロ…、予想を見事に打ち砕くその30キロ、これが本当の「重い遣り」ではないだろうか(*゚▽゚*)。

※息子の勇樹は最初の結婚で授かった子であるが、彼が2歳になる少し前に私は静岡の地を離れ上京。その後、長い期間に渡り息子と会う機会もなく、自分も静岡での事は全て忘れ東京で新たな人生を歩んでいた。所が、2008年7月1日、一通のメールが私の元に届いた。
 その内容を見て思わず全身に鳥肌が立った…。「神戸俊樹様こんにちは。私は、鈴木勇樹と言う者です。突然のメールで失礼致します。もし、人違いでしたら済みません。私は現在、父親を探しています。名前は『神戸俊樹』です。今日、戸籍謄本を取り、私自身初めて父親の名前を知りました。【父】の欄には『神戸俊樹』と記載されていました…。
 息子は私の名前をネットで検索し、『天国の地図』のHPを見つけ、そこに記されている私のプロフィールから、自分の記憶に留めている父に対する3つのキーワード「印刷会社」「昭和53年結婚」「昭和55年離婚」を手掛かりにして、矢も盾も止まらずメールを送付して来たのである。
 そして同年8月30日、父と子は27年振りの再開を果たしたのであった。もし、私が「詩集・天国の地図」を出版していなかったら、おそらくいまだに父と子の再開は果たされぬままであるだろう。一冊の詩集が子を呼び寄せ、そして父の声が息子の元に届いたのである。
 自分の父親が詩人である事を知った息子はそれに大きく感化され、自らも詩を書くようになった。蛙の子は蛙…やはり同じ血が流れているように思う。大衆文藝ムジカ創刊準備号には親子で作品と名前が仲良く掲載されている。


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サンタクロースからの手紙。 

サンタ

 皆さん、クリスマスイヴですね。わたしは多分この記事を書き終わった後、苺のショートケーキと少しだけお酒を頂こうと思っています。さて、トナカイが不足しているためサンタクロースも悩みが多いようです。そこで今年からインターネットを通じて注文を頂き、宅配便によるプレゼントのお届けとなったようです。
 何だか夢のない話になってしまいましたね。クリスマスプレゼントの思い出と言えばわたしの場合、中学の3年間を過ごした天竜養護学校の話題になります。
 天竜病院(旧天竜荘)には当時、1病棟から13病棟まであり、子どもたちの病棟は12病棟と13病棟だけでした。木造の古い建物で、元々サナトリウムでしたから大人の患者さんが殆どでしたが、昭和31年辺りから子どもの病棟が出来たと記憶しています。
 病棟にはおよそ100名ほどの子どもたちが生活を共にしていました。冬は電気あんかを抱いて隙間風を凌ぎながら水道の水も凍りつく寒さの中でそれでも風邪ひとつ引かず、子どもたちは元気でした。家から遠く離れ、家族との面会も月に一回しかありません。
 親も子も会いたい時に会える訳ではなかったのです。下は4歳児から上は16歳くらいの子どもたちだけの暮らしは、それぞれが持つ病気との闘いの中でお互いを励まし会って毎日を暮らしていたように思います。クリスマスイヴが近づいても親からプレゼントを貰うなどという事は出来ません。
 小学校低学年の子どもたちはサンタクロースの存在を信じている子もいました。もちろんわたしほどの中学生になればサンタは夢物語だと分かっていましたが、それを信じている子どもたちには言えません。夢を壊すような話は禁止と、暗黙の了解のように病棟内で決まっていたのです。
 そして迎えたイヴの夜、消灯は20時30分。看護婦さんが見回りに来て各部屋の電気を消して行きます。消灯と同時に寝てしまう子どもなどいませんから、暫くの時間はまだ遊びが続いています。夜も22時頃になると、さすがに小学生は寝息を立て始めます。
 寝入った子どもたちを確かめ、誰かがベッドから起き上がり消灯台の引き出しから何やら取り出し、病室を出て行きました。それも一人や二人ではないのです。 仲間同士で決めた訳でもないのに、皆それぞれがサンタクロースになり切っていました。もちろんわたしもその一人でした。そうして、大部屋と小部屋を行き来して手作りのプレゼントを枕元に置いてくるのです。
 病棟の朝は早く、午前5時には検温のため体温計を脇に挟み、またそのまま寝入ってしまうのです。冬の起床時間は6時30分でした。外は松林に囲まれているため、病室内はまだ薄暗く、吐く息は蒼く凍り付きました。
 検温が終わり、看護婦さんに体温計を渡し終えると、また再び布団の中に潜り込んでしまいました。その時です、足元に何かがぶつかりました。布団をめくって確かめて見ると、小さな紙包みの箱にリボンが添えて置いてあったのです。
 各部屋の子どもたちはもうその頃には起きて、枕元のプレゼントに大喜びしていました。何故?わたしにプレゼント?頭が混乱しましたが、紛れもなくわたし宛のプレゼントでした。中身は白い靴下。そして一通の手紙が添えてありました。
「神戸君、クリスマスおめでとう。これはささやかな神様からの送り物ですよ、早く心臓がよくなるといいですね」名前は書いてありませんでしたが、ひとつだけ思い当たる人物がいました。長谷川さん?しかし結局分からず仕舞いでした。長谷川さんは12病棟で一番恐い看護婦さんで、朝になると子どもたちを叩き起しに来る人でした。
 然し、恐くても皆のお母さん的存在の人でした。今88歳になり福岡でひとり暮らしを楽しんでいます。この時の思い出をクリスマスイヴを迎える度に思い出し、瞼が熱くなってくるのです。

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