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大銀杏が最も似合う横綱(千代の富士を偲んで)。 

千代の富士

 子どもの頃、大鵬・柏戸は絶対に死なないと思っていた。「あんなに強いお相撲さんが死ぬわけない」。この二人の力士は当時の子どもたちにとっては憧れの存在であったし、大人になったら大鵬みたいに強くなりたい…と眼をキラキラと輝かせていた。
 そんな幼い記憶が蘇って来る突然の訃報だった。「あの千代の富士が亡くなった?」「そんな馬鹿な、あんなに元気だったのに…」。この訃報を聞いて、殆どの人がそう思った筈である。
 鍛え抜かれた鋼鉄の肉体美にパワーとスピードで、並み居るライバル力士たちを次々と撃破し、昭和の大横綱として相撲界に頑然と輝いた第58代横綱千代の富士。精悍な顔付きと獲物を射るような鋭い眼光で、いつしか「ウルフ」と呼ばれ、相撲ファンのみならず、国民的人気を得るほどの存在であった。
 最も記憶に残っている一番はなんと言っても千代の富士VS大乃国である。連勝街道まっしぐらの横綱にライバル無しとまで言われていたが、それほど千代の富士の強さが際立っていた時期でもあった。
 千代の富士53連勝で迎えた昭和63年九州場所の千秋楽、4度目の全勝優勝と連勝記録更新の一番。その場所、大乃国は10勝4敗と横綱らしからぬ場所であったため、誰もが千代の富士の54連勝と4度目の全勝優勝を疑うはずもなかった。
 然し、横綱としての大乃国の意地が千代の富士の猛進を食い止めたのである。土俵際、重い大乃国の巨体を力まかせに「うっちゃり」に出ようとしたところに、大乃国が身体を預けるように寄り倒して千代の富士を下した。思わず土俵に尻もちを付いてしまった千代の富士に対し、手を差し出した大乃国座布団が飛び交う館内を去って行く両力士の姿が印象的であった。
 余談ではあるが私が生まれる10年ほど前、祖父の貞一が元気で健在だった頃、藤枝の実家が力士専用の旅館を営んでいた時期があった。箪笥の引き出しを開けると、古ぼけた番付表が何枚も出て来た。幼い私にはなんと書いてあるのか分からなかったが、四股名だと直感で分かった。千代の山、東富士、羽黒山などその当時の土俵を賑わせていた力士たちの数々。大きな組み込み式の食器棚には伊万里焼とも九谷焼とも思えるような大きな皿が所狭しと並んでおり、一体誰がこの食器を使ったのだろうと疑問に思い、父に尋ねてみると「関取専用の旅館をやっていたんだよ」と教えてくれた。
 食器の数の多さはそれで納得出来た。当時の人気力士の一人である「栃錦」が、弟子たちを大勢連れて泊まりに来たそうで、裏の家に住んでいた「博ちゃん」は、栃錦に抱っこされて風呂に入ったそうである。
 栃錦のライバルと言えば栃若時代を築いた若乃花であるが、千代の富士をスカウトした千代の山もまたライバルの一人であった。
  昨年6月1日に60歳となり、還暦土俵入りで久しぶりの土俵であったが、横綱のシンボルとも言える大銀杏こそなかったが、その勇姿は引退後も身体を鍛え続けている様が伺われ、現役時代を彷彿とさせる力強い四股であった。その約一年後、すい臓がんに侵され、僅か61歳でこの世を去るとは誰が想像出来ただろうか…。鋼の肉体も病魔には勝てなかった、土俵の神は微笑んでくれなかったのである。
 きっと今頃は空の彼方で北の湖理事長と冗談を交わしながら、日本の相撲界を見守ってくれているに違いない(合掌)。

テーマ: 大相撲

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相撲人生、がぶり寄り!。 

琴奨菊

 並み居るモンゴル勢を次々と撃破し、日本人力士としては10年ぶりとなる初優勝を果たした大関琴奨菊。1月10日に幕を開けた大相撲初場所、この時点で琴奨菊の優勝を誰が予想出来ただろうか。
 相撲解説者でさえこの優勝は予想外だったに違いない。順当に行けば、白鵬、日馬富士、鶴竜ら横綱による優勝争いとなり、そこに食い込んで来るのは大関・稀勢の里あたりと初場所の展開を読んでいただろう。
 おそらく琴奨菊の過去の勝敗を顧みれば、角番を幾度となく経験し大関の地位を保つのがやっとと言う状況で、優勝とはかけ離れた蚊帳の外だったかも知れない。然し、いざ場所が始まり白星を積み重ねて行く琴奨菊に対し、解説者や視聴者も俄然その快進撃に目を見張った。
 鋭い踏み込みと前に出る相撲、そして得意の『がぶり寄り』と自信に溢れた琴奨菊は闘神が舞い降りたかのように生まれ変わっていた。圧巻は最強の横綱と言われる白鵬との一戦だった。
 両者が土俵の中央でぶつかった瞬間、顔を左に背けた白鵬、その時点で勝負は着いていたのかも知れない。それほど琴奨菊の当たりが強かったのだ。そして琴奨菊が一気に攻め込み、一瞬にして白鵬土俵を割った。どちらが横綱なのか分からないほど、白鵬は何も出来ないまま敗れた。
 13日目に豊ノ島に『とったり』で敗れ全勝優勝は逃したものの、この一敗が初優勝へと更に導いたと私は見ている。もちろん全勝優勝が悲願である事に変わりはないし、本人もこの一敗にかなり悔しがっていたが、ある意味その悔しさがバネになり優勝へ後押ししたとも見て取れる。
 それにしても3場所優勝から遠ざかっている白鵬に陰りが見えて来たと誰もが思っているのではないだろうか。既に30歳を超え、体力的にも衰えが生じるのは致し方ない事であるし、相撲界にも新しい大きなうねりが起き始めているのかも知れないが、これまで相撲人気を牽引して来た白鵬に取って代わるニューリーダー的存在の力士がそう簡単に現れるとも思えない。
 次の春場所はいよいよ日本人横綱誕生の期待が大きく膨らむ土俵になるが、1月場所の勢いがそのまま次の場所でも発揮出来れば、1998年の若乃花以来、18年ぶりの日本人横綱誕生となる。
 昨年11月に亡くなった、北の湖・前理事長も天国で琴奨菊の優勝に顔を綻ばせ大喜びしているに違いない。

テーマ: 大相撲

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初優勝!そして大関へ。 

照ノ富士

 横綱・白鵬の体が土俵下に落ちた瞬間だった。館内はどよめきと幾枚もの座布団が乱舞し、関脇・照ノ富士初優勝が決まった。
 連日『満員御礼』の垂れ幕が下ろされる大相撲夏場所、両国・国技館で行われた千秋楽は、史上最多の8力士による優勝決定戦の可能性もあり、相撲ファンを大いに喜ばす場所でもあった。愛嬌のあるキャラクターで人気のある照ノ富士は、優勝のかかった碧山戦も慌てる事なく自分の相撲を取りきり、難なく寄り切りで下した。
 優勝を意識するとなれば、百戦錬磨の横綱でさえ緊張しそのプレッシャーに動きも堅くなり、平常心での相撲を取る事は難しい。先場所、白鵬を破り13勝2敗と好成績を残し、最も波に乗る力士の筆頭でもあるが、恵まれた体格と物怖じしない大器は、母国モンゴルで培われて来たものなのかも知れない。
 結びの一番で白鵬を下した日馬富士は、絶好調とは程遠い今場所で、自身も優勝から遠ざかっていた事もあり、同部屋の照ノ富士を是が非でも優勝させたかったに違いない。
 日馬富士の援護射撃がなかったら、優勝の行方はどうなってたいただろう…。8力士による優勝戦も見たかったと思うのは私だけではないはず。それにしても、初日で土が着いた白鵬は大記録を前にしてそのプレッシャーに敗けてしまったのだろうか。
 いつもの力強い磐石な相撲を取るその姿は影を潜め、相手のまわしを取る事にすら手こずっていたように思う。初日の躓きが千秋楽まで尾を引き、白鵬らしさが出なかった場所でもあった。いずれにしろ、照ノ富士白鵬のライバルになる事は間違いないだろうが、優勝戦線に日本人力士の姿を見られないのは実に淋しい限りである。
 優勝と同時に大関昇進も手にいれた照ノ富士の今後の活躍で、大相撲は更に盛り上がる事だろう。日本人力士にとってこれが発奮剤となり良い影響を与えてくれるものと期待する。


テーマ: 大相撲

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グランドスラムを駆け抜けろ。 

グランドスラム

 一人の若きアスリートがコートの上を疾風の如く駆け抜けて行った。そんな印象が残る大会であった。アメリカ・ニューヨークで開催された全米オープンテニス2014は、世界の頂点を目指す若き勇者たちが約2週間に渡り熱戦を繰り広げた。
 中でも特筆すべきはやはり錦織圭選手の活躍だろう。日本男子としては81年ぶりとなるグランドスラム・ベスト4進出。これだけでも十分過ぎるほどの快挙であるが、それだけでは終わらず錦織選手の快進撃が更に続く事となる。
 どの時点で彼が頂点に輝くトロフィーを意識したかそれは分からないまでも、準決勝の相手である世界ランク1位のノバク・ジョコビッチに勝利した瞬間、彼が抱き続けて来た長年の夢が現実のものへと大きく羽ばたいたように思う。
 決勝の相手は世界ランキング16位のマリン・チリッチ。ランキングから言えば錦織選手が優ってはいるものの、優勝候補の筆頭にいたジョコビッチが破れると言うように、試合は終わってみなければ分からないまさに筋書きのないドラマが展開される。
 準決勝の時と同様の試合運びが錦織選手に出来ていれば、優勝の行方は全く分からなかったのではないだろうか。グランドスラムの決勝と言えば、過去に多くの名勝負が生まれた事でも有名であり、大差が付いて勝負が決まると言う事はなかった。
 その点を踏まえてみると、今大会の決勝は名勝負に相応しかったか疑問も残る。唸り声を上げて飛んで来るチリッチ選手の強烈なサーブに最後まで主導権を握られ、それまでの錦織らしさが影を潜め、彼の持ち味である攻撃的なテニスをさせてもらえなかった…。
 試合内容としてはチリッチ選手の一方的な展開のまま終わり、内容に満足していない観客たちの表情もどこか沈みがちであったように思う。敗因は錦織選手自身が一番よく理解しているだろうが、世界の大舞台で堂々の準決勝である。世界に名を刻み、そして日本のスポーツ史に深く刻まれる偉業を達成したのは間違いない。
 流暢な英語で表彰式のインタビューに応える錦織圭選手の姿が語っていた。「試合に勝つ事は重要な事であるけれど、負けて己を知る事の方が遥かに大切である…」と、私には聞こえた気がしている。

テーマ: テニス

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KING OF GOAL 栄冠はドイツの頭上に。 

ワールドカップ2014

 約一ヶ月間に渡り熱戦を繰り広げたサッカーワールドカップ2014、そのゴールの頂点に輝いたのはドイツだった。準決勝で地元のブラジルに7対1で大勝しその勢いのまま臨んだ決勝戦。堅牢な守りで定評のあるアルゼンチンは、攻守ともに安定した試合運びで決勝へと駒を進めて来た強豪。
 両チームとも技術・総合力とも拮抗しているだけにどちらか先に1点を取った方が優勝に大きく前進するのは目に見えていた。ドイツは『クロース選手』を中心とした連携プレーでゴールを狙う。それに対しアルゼンチンも負けじとエース『メッシ選手』のドリブル突破などで攻め入った。
 然し両チームとも得点には至らず、試合は延長戦へともつれ込んだ。そして迎えた延長後半8分、スタジアムが歓喜の声で大きく揺れた瞬間だった。左サイドを突破したドイツの『シュレール選手』が左足でクロス。すかさずこのボールを胸トラップした『ゲッツェ選手』そのまま素早くボレーシュート。ボールは吸い込まれるように白いゴールへ…。
 この1点が決め手となりドイツは24年振り4回目のW杯制覇を果たした。今年で20回目を迎えたFIFAワールドカップ2014は、開催国ブラジルに32ヵ国の強豪が揃い、32日間に渡り激闘を繰り広げて来た。
 優勝に最も近いブラジルは地の利を活かし順当に勝ち上がって来たが、そこに眼前と立ちはだかったのが南米勢の優勝を拒む欧州を代表する強豪のドイツであった。誰もが予想しなかったブラジルの大敗に、サッカーの持つ魔力を垣間見る思いがした。
 今大会でアジア勢が尽く姿を消してしまったのは寂しい限りであり、世界の壁が余りにも高くそして厚いのを聴衆よりもプレーヤーたちが身を持って感じていた事だろう。日本代表は初戦のコートジボワールに逆転負けした事が後の試合にも尾を引いた形となり、実力の半分も出さないままブラジルに別れを告げた。
 日本にとって多くの課題を残した大会であったが、日本の選手が他国の選手と比べて劣っている訳ではない。海外の一流チームで活躍する『海外組み』を中心にした万全のメンバーで臨んだ筈である。然し、個人のプレーがどれほど優秀であってもそれだけで優勝出来るものではない。
 随分昔の話しであるがプロ野球の巨人が『9人全員4番打者』と言う時期があり、優勝は間違いないと思われていたものの、最下位を味わう結果となっている。野球やサッカーのように複数の選手で行われる試合は、チームプレイの優れた集団が何よりも勝っているのである。
 『自分の持つ技術力・才能は他者の為にある…。』私がスポーツを通じて学んだこの言葉で今日の記事を締めくくりたいと思う。

テーマ: FIFAワールドカップ

ジャンル: スポーツ

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恋人はサウスポー。 

亀田

 7日、大阪・ボディメーカーコロシアムで行われたプロボクシング、WBAバンタム級タイトルマッチ「亀田興毅VSパノムルンレック・カイヤンハーダオジム」の一戦は、チャンピオン亀田興毅が辛くも2-1で判定勝ちを納め、チャンピオンベルトを守り6度目の防衛成功を果たした。
 然しながら、試合後のリング上では勝利を祝うチャンピオンの笑みは影を潜め、持てる力の全てを出し切った挑戦者の清々しい姿とは対照的にどちらが勝者なのか分からないほど会場も重い空気に包まれていた。
 試合前半、チャンピオンをロープ際に追い込み、細かいパンチの連打を浴びせる挑戦者は不敵な笑みを浮かべつつ、サウスポーを苦手とする亀田の弱点を知り尽くしたかのように、挑戦者の繰り出した強烈な左アッパーが亀田の顎を捉え、試合序盤から挑戦者に先手を取られると言うチャンピオンらしからぬ体の動きが試合の展開に不安を抱かせていた。
 顔を赤く腫らし、鼻からは鮮血がほとばしり、その痛々しさに会場に詰めかけたファンも波乱の予感を抱かずには居られなかっただろう。
 勝利を確信したかのように、時々笑みを見せるほどに挑戦者は余裕すら見せていた。追い詰められているのはチャレンジャーではなく、確かに亀田興毅自身であった。
 結果は僅差での判定勝ちであるが、試合経過を振り返ってみると事実上の亀田敗北と言ってもよいだろう。それはリング上でうなだれる亀田自身の言葉が物語っていた。
 多くのファンの前で土下座までして懺悔を乞うチャンピオンの姿は余りにも痛々しく、自分の目指すボクシングが出来なかった事への悔しさと自責の念でマットは重く沈み込んでいた。
 ボクシングに限った事ではないが、自分が相対する相手は恋人のような存在である。相手を知り尽くす事によって自分には無いものを発見し、それを自分に置き換えてみるという心理面でも相手を上回る事で試合を有利に進める事が出来る。これは謂わばプロポーズにも似ている。
 相手をこちらのペースに持ち込んでしまえば勝利は目前であり、恋の駆け引きもこれと同様であるからだ。恋人が必ずしも自分の得意とする相手とは限らないし、苦手な側面も必ず持っているだろう。故に亀田興毅の恋人はサウスポーなのである。意味不明(´∀`*)。

テーマ: ボクシング

ジャンル: スポーツ

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ホームランに花束を。 

松井

 師走の冷たい風が肌を突き刺し吹き抜けて行く。今年も余すところ数日となり、来年に向けて希望のカウントダウンが始まろうとしている。
 そんな時、海の遥彼方から届いた一報は、冬将軍の到来を思わせるような「松井秀樹引退」、それは一つの時代が終を告げる鐘でもあった。
 米国時間12月27日(日本時間28日)、国内では街の至る所で仕事納のサラリーマンやOLたちの忘年会などで賑わっていた。
 クリスマスの余韻を漂わせつつ、街は人々をネオンの妖美に誘い込んで行く。38歳と言う年齢はわたしたち一般人からすれば全く若い部類に入るかも知れないが、スポーツの世界においてはやはり歳を取り過ぎたと言う事なのだろうか。
 20年と言う野球人生に自らピリオドを打った松井秀樹の表情には、僅かながらの未練を残しつつも次のステップへ踏み出す希望の光も見え隠れしていたように思う。
 ニューヨークのミッドタウンで行われた記者会見で、松井は言葉を一言一句噛み締めるように紡いで行った。
 彼が公式の場に姿を見せるのは久しぶりの事でもあり、戸惑いと緊張感も連れ立ってその発する声は、か細く弱々しいものに思えたが、時間の経過とともにいつもの松井らしさが戻り穏やかな表情に変わって行った。
 彼自身が言う通り、ゴジラ復活のチャンスはあったかも知れないが、結果的にシーズンが終わって見れば納得の行く内容ではなかった。
 ファンの立場から見ればまだまだ松井の活躍を見たいのは当然かも知れないし、野球はメジャーだけでなく日本のプロ野球もあるのだから帰国して日本のチームでプレイを続けて欲しいと思ったりもするが、おそらく彼にとってメジャーが野球の最終地点だったのかも知れない。
 そしてまたスポーツの世界は結果が全てを物語るし、そう何度もリプレイが通用するほど甘い場所ではない事を松井自身がその身体で十分理解していたのだろう。
 今ここで松井秀樹の歴史を振り返れば、それは「怪物ゴジラ誕生」であり、そしてまさしく豪快なホームラン王として長きに渡りプロ野球界に君臨するのである。
 わたし自身が最も記憶として残っているシーンは彼がまだ高校生だった頃のこと。1992年、夏の甲子園大会「星陵高校VS明徳義塾」の試合であるが星陵は敗退したものの「5打席連続敬遠」では、当時の高野連が急遽記者会見などを開き社会問題にまで発展している。
 対戦相手の監督の口から「高校生の中に一人だけプロの選手が混じっていた」と言わしめるその実力はプロ野球選手も驚愕するほどであり、常に彼の周りには多くのマスコミ陣が群がっていた。
 デビューが華々しいほどそれとは対照的に引退宣言は引き波の如く時代を加速させるものであるが、輝かしい栄光と希望をその背中に刻み込み、バットに別れを告げる松井秀樹に「ホームランに花束を」と感謝の気持ちを込めて見送りたいと思う。

テーマ: プロ野球

ジャンル: スポーツ

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メダルが涙に濡れる時。 

メダル

 7月27日に開幕し、17日間に渡って各種競技が行われたロンドンオリンピックが先日、13日に幕を降ろした。
 参加国は204、約1万1千人のアスリートたちが参加し、26競技302種目に渡り熱い熱戦が連日行われ、時差の関係から日本では深夜に競技が行われる事が多く、テレビに釘付けになり寝不足に悩まされた人たちも多かったのではないだろか。
 日本は、金メダル7個を含む合計38個のメダルを獲得し史上最多となり、日本国民に輝かしいプレゼントを齎してくれた。
 これ程までに日本選手が活躍出来たのは、おそらく昨年に日本を襲った未曾有の大震災と、それに続き起こった福島第一原発事故で大ダメージを受け、その灼熱地獄の中ら這い上がる日本人の不屈の精神力と最後まで諦めない一種の執念が多くのメダルを呼びこんだのではないだろうか。
 世界に日本の底力を見せ付けた思いであり、なでしこジャパンは宿敵アメリカに惜しくも敗れたものの、内容的には一歩も劣らない金メダルにも匹敵するほどの銀メダルだったと思う。
 男子サッカーも快進撃を続けたが善戦及ばず、3位決定戦で韓国に敗れメダル獲得には至らなかったが、未来の男子サッカーに希望を与えた事は確かである。
 それにしても、オリンピックを政治の舞台に利用してしまう韓国には呆れ果ててしまったが、尖閣諸島や竹島などの領土問題が燻る中、これが韓国のやり方なのかと、余りにも下品なやり方を見て、如何にも韓国らしいと苦笑してしまった。
 そして、わたしが最も注目して見ていたのが、女子卓球。わたし自身この重い病気の身でありながら唯一得意なスポーツが卓球だからである。
 福原愛選手のファンでもあり、彼女が幼い頃から応援して来ており、一度でいいから冥土の土産に福原選手と一戦交えたいとさえ思っている。
 シングルスは残念な結果であったが、女子団体ではなんと初の銀メダルに輝いた。これもまたなでしこJAPAN同様に金メダルに匹敵するほどの価値があると思った。
 4年に一度開催されるオリンピックを幾度となく見て来て思うのだが、メダルを手に出来る選手はほんの一握りの選手たちだけである。
 その殆どの選手たちはメダルに縁のない人たちだ。マスコミがスポットを当てるのはメダリストたちだけであり、その影には多くのアスリートたちの流した涙が溢れている事を忘れてはならない。
 そしてまた、オリンピックが『平和の祭典』『スポーツの祭典』と呼ばれて久しいが、昨今のオリンピック裏事情を見ると、『金満オリンピック』と思えてならないのである。もちろん、オリンピックが齎す経済効果は莫大なものであるが、それを目当てに各国が開催地として名乗り出てオリンピック開催候補地がオリンピック招致として金塗れになるのを見てしまうと、この何処が平和の祭典だろうと疑問を抱いてしまうのである。
 メダルを獲って当たり前のオリンピック、それは本当の意味でスポーツの祭典なのだろうか?それが各選手たちにプレッシャーとなって圧し掛かりその結果、実力の半分も出せないまま惨敗してしまうと言うのはよくある事で、今回では男子柔道がそれを如実に表しているのではないだろうか。
 国民もマスコミも「メダル・メダル」と騒ぎ過ぎる。『オリンピックは参加することに意義がある』と言う有名な言葉は既に過去の遺物となり、メダルに執着するあまりメダルの為のオリンピックになり果ててしまったのである。
 メダルはあくまでも目標や結果であり、スポーツ本来の精神を忘れてはいないだろうか。平和の祭典が真実ならば、世界一貧しい国と呼ばれている『バングラディシュ』でボランティアオリンピックでも開催してみればよい。

テーマ: ロンドンオリンピック

ジャンル: スポーツ

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イチロー、カムバック! 

イチロー

 馬に乗って去って行く男の背中に向けて少年が叫ぶ「シェーン、カムバック」。西部劇の名作『シェーン』のラストシーンであるが、このシーンにつては様々な捉え方が存在する。
 つまりシェーン死亡説の話しであるが、それは置いといて、イチローの電撃移籍で多くのファンやそうでない人たちも一様に驚いていた。
 イチローのファンからしてみれば「イチロー、カムバック!」に違いない。シアトルのセーフコフィールドで行われた移籍会見を見て、彼の頭が余りにも白い事にも驚かされたが、38歳にしてこれほど白髪が多いのはメジャーリーグで活躍して来た11年間がわたしたちの想像を遥かに超える過酷なものだった事を窺わせている。
 身体の大きな大リーガーの中にあって、イチローはどちらかと言えば、小柄で華奢な体格であるが、その彼の何処に年間200本も安打を打つエネルギーがあるのだろうか。
 もちろん彼の優れたバッティングセンスと、ボールを獲物の如く狙い撃つ野生の鋭い眼光を持ち合わせているからであるが、それ以上に彼自身を支えて来たのは、人並みならぬ練習量にあるからだ。
 天才バッター、安打製造機と異名を取るその背景に、人には見せない彼の涙ぐましい努力があったからこそである。
 ヤンキースへの電撃移籍は、若手投手2人と金銭による交換であるが、会見では自らトレードを希望したと話している。
 然しながらその実情は若干異なっている。地元紙がイチローに対するアンケートを実施したところ、1番起用が28%、下位打順で使うが38%、クビ或いはトレードに出すが30%もあったと言う。
 地元での評価がそれだけ低いのが現実だったのである。ある意味でプライドが高い故、自分からトレードに出るという結果になったものと思われる。
 ブラッド・ピット主演の映画『マネーボール』を最近観る機会があったのだが、イチローが活躍しているシーンが盛り込まれていた。
 2000年代初頭のメジャーリーグに於いて、財力のある球団と貧困球団の格差を描いたストーリーであるが、日本のプロ野球に例えれば、読売巨人軍が一時、金にものを言わせ優良な選手ばかりを集めて選手全員が4番バッターと言う、打線重視のチームになったが優勝は出来なかったという苦い経験があり、9人野球のチームワークが如何に重要かを見せ付ける結果となった。
 つまり金の力で優れた選手を集めても、チーム全体が力を発揮する訳ではない事を実証しているのである。
 連続200本安打、ゴールドグラブ賞も途切れたイチローは、確かに衰えを隠す事は出来ない。年齢に付いて回る体力や気力などはスポーツの場合、顕著な形でそのプレーに反映されてしまう。
 されど、11年間マリナーズに貢献して来た彼の功績は揺ぎ無いものであり、誰も彼のプレーを真似する事は出来ない。
 今季で契約が切れるマリナーズにとってみれば、イチローのトレード志願は『大海で浮木に出会う』心境であった筈だ。
 球団は違えど、新天地のヤンキースでヒットを重ねて行く彼の姿を誰もが見たい筈である。イチローにとっての野球人生第3ラウンドのゴングが今、鳴ったのである。

テーマ: スポーツニュース

ジャンル: ニュース

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激闘!パンチの数だけドラマがある。 

世界王座

 ボクシングファン待望の試合が先日、6月20日に大阪・ボディメーカーコロシアムで行われ、超満員の会場は2人の王者の激しい打ち合いに釘付けとなった。
 WBC世界ミニマム級王者の井岡一翔と、WBA同級王者の八重樫東との世界王者統一戦である。日本ボクシング史上初の日本人世界王者同士による団体王者統一戦という事もあり、試合開始前から好カードとして大きな注目を集めて来た。
 試合開始直後から、井岡の放ったストレート、フックが八重樫の顔面を捉え、試合終盤まで井岡のペースで進みはしたものの、八重樫もチャンプのプライドを守る為、必死に打ち返し最後まで2人の激闘が続いた。
 井岡の強烈なパンチを浴びた八重樫の顔面は見る見る内に腫れ上がり、膨れ上がった両瞼の奥で、井岡のパンチが見えていないようにも思われたが、その奥に光るボクサーの眼光は最後まで死んではいなかった。
 2回のドクターチェックをものともせず試合に臨む八重樫の闘争心は、井岡を委縮させるほどの脅威になっていたが、天才ボクサーの名を欲しいままにして来た井岡にも意地があった。
 左ジャブを容赦なく八重樫に浴びせポイントを重ねる井岡であったが、これぞWBAのパンチとも言える右ショートにたじろぎ腰が落ち掛けた。
 然し、『日本ボクシング界を背負う』使命感に燃えている若干23歳の若武者は負ける訳には行かなかった。
 井岡は試合5日前に38度の高熱を出したばかりで本調子とは言えなかったが、僅かなチャンスをものにする野生感と勝負運が八重樫より一歩リードしていたのかも知れない。
 12回をフルに戦い抜き、その統一王者の称号を手にしたのは、井岡一翔であった。3-0の判定勝ちではあったが、その試合内容は近年のボクシング史上類を見ないほどの好試合であった。
 2人のボクサーの実力が拮抗している場合、手数の多い方が試合を有利に進めるものであるが、有効打の数から言えば、彼らの差は五分五分だっただろうと思う。
 世界を背負っている2人の意地のぶつかり合いであったが、どちらが勝っても負けても2人とも日本を代表する世界チャンピオンである事は間違いない。
 低迷を続ける日本ボクシングの現状を省みれば、彼らの試合が今後の日本ボクシングに与えた影響は計り知れない。
 八重樫がこのまま引き下がるとも思えないし、おそらくリベンジマッチが近い将来実現するだろう。エリートボクサー井岡VS苦労人ボクサー八重樫の再戦が今から待ち遠しくて仕方がないと思っているのは、わたしだけではないかも知れない。

テーマ: ボクシング

ジャンル: スポーツ

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