Archive2012年10月 1/1

踊る石原!風雲急を告げる。

 その日(25日)、巷に号外が飛び交った。「石原慎太郎東京都知事 辞職」、それは政界再編成に向けて風雲急を告げる「石原流」特有のパフォーマンスだったのだろうか。 政権末期状態にある民主党の陳腐な辞任劇、就任後一カ月も経たずして、田中法相の「外国人献金問題」発覚。更には暴力団との癒着なども含めれば「辞任止む無し」ともなるが、全く大臣としての仕事をしていなくとも「前法務大臣」と言う「肩書」が付いてしま...

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その頃、23歳の青年はボクサーを目指していた。

 そんな訳ありません。心臓病のわたしがボクサーになれる訳がないですよね。このボクシンググローブ、実はわたしの父の形見の一つでした。  父がボクサーだった訳ではなく、父(極道)の舎弟分がバンタム級のプロボクサーだったんです。その彼が練習用に父に預けた物です。  父は喧嘩がかなり強かったので、殴り方などよく教えてくれました(いじめの記事を参照)。街中で昼間から喧嘩に借り出されることしばしば。揉め事を収め...

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iPS細胞の陰と陽。

 それは医学界のみならず、世界のあらゆるメディアが注目する画期的な出来事であった。ノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大学の「山中伸弥」教授のニュースは地球上の全ての生物に対し「神の恩恵」とも言えるほどのインパクトを齎した。 もちろん其処には山中教授とそのチームによる並々ならぬ努力と探究心があったからこそであるが、途方もなく長い医学の歴史に、月に残したあの足跡の様に今まさに輝かしい医療に於ける未来...

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あの世からのメセージ。

 2004年10月、父の30回目の墓参りに行った時に写した写真。この日は朝から土砂降りの雨で、東名高速も速度制限をしていた為、郷里の藤枝市に着くまでかなり時間がかかった。 この雨ではまともに墓参りなど出来ないだろうと思っていた。藤枝に着いた時は既に時計の針は午後1時を回っていたが、雨は相変わらず激しく道の至る所に水溜まりを作っていた。 コンビニで弁当を買い、車の中で家内と息子の3人で遅い昼食を済ま...

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ポケットの中の東京。

秋の雨が降っているうっかりしていると気付かぬほど細心に窓越しの景色は早くも冬木立少々の憂いに震えている冷え込む想い出の窓際で今は遠い夏空をはかる少しばかりの悔恨に縁どられ夏祭りのどさくさに捨ててきたはずの東京がポケットの中にあった...

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その人生に脇役あり。

 映画やドラマの中心にいる訳ではないが、その俳優が存在しなければストーリーそのものが成り立たなかった。 俳優として数多くの作品に惜しげもなくその資質を発揮した「大滝秀治」さんが、2日の午後に肺扁平上皮がんの為、都内の自宅で亡くなった。 つい先日にも女優の「馬渕晴子」さんが、やはり肺がんのため亡くなったばかりである。馬渕さんは、女優として日本で初めて自分のヌードを公開するなどして、女性解放の一役を担...

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恋地獄。

傷つくことには慣れているそう 思い続けて来たけれどくちびるを重ね合わせる度に何故か胸騒ぎいっそのこと心憎いあなたを振り切ってこの 恋地獄から抜け出したい...

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夢に見た印税。

 わたしは、2005年3月に詩集「天国の地図」を文芸社から出版したが、その数カ月後の8月に初めての印税が入金された。 印税率は出版社によって若干の違いがある。わたしは、「文芸社」「碧天舎(倒産)」「新風舎(倒産)」「新生出版(倒産)」など5社と出版について話しをしたが、出版部数から印税についてまで様々な形態がある事が分かった。 印税率だけで出版社を決める訳にはいかないし、最も優先すべきは書籍が確実...

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心に花束を持って。

 2005年10月、綿菓子を溶かしたような白い秋の雨が降りそぼる頃だった。東京都済生会中央病院に、中央聖書教会の牧師「石原先生」が入院しておられたので、早速お見舞いに行った。小雨の中、傘も指さずオーバーヒート気味のわたしの身体には丁度よい冷たさだった。 わたしの場合、多少の雨であれば傘を指さない。雨に濡れるのが好きな少し変わった所がある。雨も天の恵みに変わりなく、わたしにとっては心地良かった。 術...

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