05 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. // 07

富士山は心の世界遺産である。 

富士山

 山開きを目前に控えた富士山、世界文化遺産登録の勢いも相まって、四方の山を見下ろしに各地から多くの登山客が押し寄せる気配である。
 今年の山開きは世界遺産と言う、とてつもなく大きなお土産付きであり、普段よりも数倍バージョンアップしているだけに、富士山に祀られている女神である「木乃花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)」もたいそうお喜びになっている事であろう。
 先日、除外勧告を受けていた「三保の松原」であるが、ユネスコの委員国から登録を訴える声が相次ぎ、急遽この三保の松原も富士山と対である事が認められ、世界遺産に含まれる事が決定した。
 富士山の眺望を楽しむ時、あらゆる場所・角度によってはその富士山の醸し出す雄大な美しさは千変万化である。富士山の楽しみ方は個々により異なって来るし、単体で見る方が良いと言う人も中にはいるだろう。
 見るだけでは飽き足らずその魅力に取り憑かれた登山家も数多くいるし、富士山の捉え方は様々に変化し一度足りとも同じ景色を見せない所も富士山に限らず、自然の成せる技とでも言えようか…。
 わたしの郷里である藤枝市にも「富士見平」と呼ばれる場所があり、そこは永享4年(1432年)、室町幕府の将軍・足利義教が富士山を見る為に大勢の家来を従え、駿河に下ったおりに駿府に入る前日、鬼岩寺に宿を取った。
 その時に裏山(蓮華寺山)に登り高草山(藤枝で一番高い山)越しに富士山を眺め、和歌を詠んだと言われている。それ以後その場所が「富士見平」と呼ばれるようになった。
 幼少期を藤枝で育ったわたしは、勿論この富士見平に何度か足を運び、富士山の景色を堪能したものである。
 15歳の時に養護学校を卒業した跡、高校には進学せず、清水市の「三保の松原」からバスで30分程度の所にある療養所件職業訓練の施設で約1年半に渡りお世話になった。早朝5時には起きて、施設から徒歩10分程度で久能海岸に着く為、毎朝日課に取り入れていた。
 駿河湾を挟んで東の方角には、圧倒的な迫力さえ魅せる富士山の姿が半分寝ぼけ眼の瞳に飛び込んで来る。早朝の富士山を眺めて一日が始まり、そして駿河湾の沖合いでは桜えびの小型漁船が幾つも連なって波間を往来していた。
 清水市に住んでいた訳だから、勿論「三保の松原」にも何度か足を運んでいるが、それは海水浴が目的で、富士山を眺める為のものではなかった。
 わたしは幼少の頃から心臓が悪い為、山登りは出来ない。然し、自分の命がある限り一度で良いから自分の足で富士山に登ってみたい…それが今のわたしの夢でもある。それは到底叶わぬ事と理解はしていても、一度もチャレンジした訳ではないので行動する前に諦める事だけはしたくないと思っている。
 我が故郷の山・富士山…それはわたしにとって心の世界遺産でもある。

関連記事

テーマ: 旬のニュース

ジャンル: ニュース

[edit]

風と共に去る民主党。 

都議選

 昨年末に誕生した第2次安倍政権だが、発足後半年余り経っても依然として高い支持率を維持したまま推移して来ている。
 大胆とも言うべき「アベノミクス」経済政策を旗印に掲げ、その効果は株価上昇、円高ストップと一見、日本の経済は持ち直して来たかに見える。
 先に行われた都議選は、この勢いに乗った安倍内閣の追い風を受けて、自民、公明とも立候補者が全員当選、そしてなんと常に4,5番手に隠れていた共産党が大躍進し、民主党を跳ね除けて野党第1党に登り詰めると言う前代未聞?の選挙結果となった。
 地方選の一つである都議選だが、規模から言えば国政選挙並である事からも、自民党は「準国政選挙」と位置付けをし、この都議選に全力を注いで来たものと思われる。
 日本の中心(首都)である東京を抑える事は国を抑える事にも匹敵する訳で、この選挙が如何に重要なポストであるかは、おそらく自民以外のどの党も把握していたに違いない。
 但し、今回に限った事ではないが、懸念されるのは投票率が半分にも満たないほど低いと言う事である。半分以上の都民がこの選挙に興味を示さなかった、或いは「諦念」を抱くと言う政治家にとって最も憂慮すべき状況は過去と比べてみても何ら変わっていないと言う事実である。
 投票率が下がれば組織票が俄然その力を発揮する訳で、そこに東京都民の意志がどれだけ反映されているのか疑問すら生じて来る。
 今回の選挙で辛酸を舐める結果となった民主党は、政権が自民党に移った時点で既に終わっていたとも言えるだろう。
 どれほど、民衆に向かってアピールしようとも、過去に連ねて来た「嘘八百」を覆す事は出来ず、民主に向けられた不信感は改善の余地なしと見受けられる。
 橋下・石原両氏が率いる維新については、共同代表である橋下氏の「慰安婦問題」が大きく影響し自滅した形となったが、それも当然の結果だろう。
 約一ヶ月後に行われる「参議院選挙」の結果も、既に見えてしまったと言う、虚しさだけが残りそうな今年の選挙に、風とともに去る民主の断末魔だけが木霊している気がしてならない。
関連記事

テーマ: 政治・経済・時事問題

ジャンル: 政治・経済

[edit]

母さんのいる空に。 

風船


母さんのいる空に
風船飛ばそう
僕の想いを一杯込めて
風がサァッとやって来て
高く高く舞い上がる
届くかな 母さんに
白い手が
天から伸びて
僕の風船 掴むかな
母さんのいる空に
僕も早く行きたいな


関連記事

テーマ: 詩・想

ジャンル: 小説・文学

[edit]

養護学校はわたしの故郷である。 

養護学校

 わたしが14歳だった頃、中2のクラス全員と天竜養護学校の白い校舎の前で撮影した写真である。モノクロなので分からないが、重度の心臓病だったわたしは常に貧血状態で蒼白い顔をしていた。
 授業に出る朝は決まって隣接する病棟の処置室で太い注射器に入った造血剤を打っていたが、その割には結構元気でしょっちゅう悪戯をして教師に怒られ、職員室に立たされたことも何度かあった。
 2005年5月に開いた同窓会(2012.7.30記事参照)の時に下級生から「養護学校で神戸さんが一番恐かった」と笑いながら言われてしまった。
 確かにかなり苛めた記憶もあるが、誰一人当時の事を恨んでいる者はいなかった。当時の養護学校(現・特別支援学校)は様々な病気を抱えた子どもたちの集団生活の場でもあった。病気を除けば普通の学校と何ら変わらない。それなのに大人たちは特別扱いをする。
 養護学校が特殊学級の延長にあるからだ。子ども或いは保護者の中には養護学校にいた事を忌み嫌う者がいまだに多く存在する。確かにわたしも社会に出てから養護学校にいた事を必死に隠し続けていた時期があった。
 就職する時など履歴書の学歴欄に養護学校卒業と書く勇気がなかったし、心臓病で障害者である事さえも隠していた。分かってしまったらまず採用して貰えないだろうと自分で思い込んでいたのかも知れない。
 だが、そんな風潮が社会に蔓延っていたのも事実である。採用する側にとってみれば健常者を最優先するだろう。わたしは健常者を装い100時間近い残業もやった。内部障害なので見た目は健康な人と同じだが、やはり健康な心臓を持った者には敵うはずもない。
 腕や足があり、耳が聞こえ目が見える事、当たり前の様である事がどれだけ大切かを知るには、障害者になって初めて理解するのかも知れない。

関連記事

テーマ: 障害者の自立

ジャンル: 福祉・ボランティア

[edit]

傷だらけの恋。 

傷だらけ


あんたの背中を見詰めていたら
が流れ落ちてきた
あんたはいつも黙ったままで
明日を見ているけれど
あたしに明日は見えないの
燃え尽きたあんたと
くすぶったままのあたし
舐め合った頃
あんたは優しく微笑んで
あたしを迎え入れてくれたけど
だけ残して去っていく
あたしの身体だらけ
せめてこのだけでもと
あんたの残り香しくて
で濡れたこの
あんたの背中をつく
だらけのあたしはの跡
が勝手に成り上がる


関連記事

テーマ: 詩・ポエム

ジャンル: 小説・文学

タグ: 背中    明日      身体    残り香     

[edit]

ウエディングドレスを押し花に。 

押し花

 女性であれば一度は着てみたいであろうウエディングドレス。世の中には結婚式もまともに挙げられなかったカップル或いは結婚そのものが許されない男女など大勢いるのだろう。
 戦争の為に式も挙げられず出兵し、そのまま帰らぬ人となってしまったり等など。結婚をテーマにして想いを巡らせてみると様々な人間ドラマがある。
 わたしは以前にも話した通り、余命一年の宣告を受けたその後に結婚したが、当時ドクターストップがかかっており、歩くのがやっとという状態で東京駅のルビーホールで人前結婚式を挙げた。
 そしてその2日後に三井記念病院に入院、1ヶ月後に僧帽弁置換手術を受けたが、約9時間にも及ぶ大手術だった。術中に心筋梗塞を起こすなど危険な状態の時もあったが、何とか無事に乗り越える事が出来た。
 式場で家内の真っ白なウエディングドレス姿を見た時、「なんて美しいのだろう、俺はこんなお姫様と結婚出来るんだ。」 と死を背中に背負いながらも視線は未来に向かって輝いていた。
 ウエディングドレスは式が終われば用済みとなるが、出来れば心の中にウエディングドレスをいつまでも着せておきたい、男なら着せてあげて欲しいと願う。押し花のようにいつまでも残しておきたいと思うが、これは男の勝手な思い込みなのだろうか…?
(離婚した今でも当時の事は鮮明に覚えているし、想い出はいつまでも色褪せる事はない…。)

関連記事

テーマ: 結婚生活

ジャンル: 結婚・家庭生活

[edit]

薔薇一輪。 

薔薇


君と一緒に見た薔薇
仄かに香るその中で
同じ夢見ていたあの日
二度と帰らない
二度と振り向かない
美しい季節とは裏腹に
わたしの心に
濡れながら舞い散る
薔薇一輪


関連記事

テーマ: 自作詩

ジャンル: 小説・文学

[edit]

うつ歴10年から得たもの。 

精神科

 循環器と同様に月一度のペースで通院を続けているメンタルヘルスがこの画像。グレーの小さな殆ど目立たない一角にあるビルの3F。書籍、電話帳、ネット等を介して『うつ病』に 関する情報は今や氾濫状態にあるが、それに伴いメンタルヘルスクリニックもかなり増えて来たとも言える。
 これは良い傾向にあるとも思われるが、実は心の病ほど医師選びが大変なものはない。一つ間違えると症状を悪化させてしまう恐れがあるからだ。
 わたしの場合、最初に掛かった心療内科で酷い目にあってしまった。初めてメンヘルの門を叩くと室内は他の医院、歯科、内科等と何も変わらないのである。ここが心に病を抱えた人が来る場所なのかと疑問を抱くほど明るく清潔でインテリアも見事に施されていた。
 然し、問題は診察の内容である。初診の場合は30分ほど掛けてくれる医師をお薦めする。わたしはこの心療内科でたったの5分間であった。
 数種類の薬を与えられ2週間後に再院。僅か2分の診察で薬の変更。これの繰り返しで結果的にわたしは薬の副作用で62キロの体重が半年で70キロに増えてしまった。
 心臓に負担が掛かり非常に苦しい思いをした。前妻に病院を変えるように言われK大学病院へ。2時間待ちの3分診療、薬も変わる。2週間後に行くと今度は医師が変更。わたしは同じ内容の話を何度も話すはめになった。
 2時間も待たされ、2分で終了?ここは本気で病人を治す気があるのかと怒りが込み上げてきた。そして、前妻が得た情報は地域の保健所に行き、評判のよい病院を聞く事だった。たまたま前妻の友人が保健婦だったため、教えてくれた病院が現在通院している小さな医院。
 その医師曰く『精神科』にはなかなか掛かりにくいもの、ですから横文字にしてメンタルヘルスとしているんです。宣伝広告もしません。街の片隅で目立たないようにひっそりとやっている、それが『精神科』なんです。
 この医師には儲け主義がなく、ひたすら患者の身になり納得の出来るまで相手をしてくれる。わたしは良い医師に巡り会えたと思っている。詩集を出版出来たのもこの医師に出逢えた事も影響しているだろう。
 そんな訳で何処の病院に行ってよいのやらと迷った時には、是非とも病院のハシゴをお勧めする。自分の身体でしっかりと確かめ自分と相性の良い医師に巡り合う事が大切。
 うつ病の薬は様々な物が開発され豊富だが、誰にどの薬が効くかは服用してみなければ分からない。最低でも2週間は服用を続けること。いまだに精神科へ掛かることに抵抗を感じている日本人は非常に多いが、欧米では如何に自分が優れた精神科に掛かっているかが一つのステータスにもなっているほどだ。心に不安を感じたり眠れない日々が続いた時は、積極的に心療内科なり精神科のドアをノックすべきだとわたしは思う。(現在も服用を続けているメンタル系の薬は、リフレックス、トレドミン、ロヒプノールの3種類のみ。随分減ってくれた)。

関連記事

テーマ: メンタルヘルス

ジャンル: 心と身体

[edit]

夜の小舟。 

小舟


が往く往く
あたしを乗せて
谷間に流れる
ネオン
小舟浮かべて
往くあてもなし

見たあたしが馬鹿なのか
騙したあんたが憎いのか
そぞろ歩きで
浮かべた小舟
あんたとあたし
この世の果てまで流される


関連記事

テーマ: 自作詩

ジャンル: 小説・文学

タグ:     谷間  ネオン  小舟      馬鹿 

[edit]