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猫の手も借りたい闘病記録。 

猫の手

 新年を故郷や海外で迎える人たちの帰省ラッシュがピークを迎えている。それぞれの想いを抱えた2013年がもう直ぐ終を告げる。そこに待ち受ける新しい産声を聞く為に、その声に新たな希望を託して人はまた未来に向けて歩き始める。
 今年もいよいよ数日を残すのみとなりました。街角ではカウントダウンの鐘が鳴り響いている事でしょう。年賀状の投函も済ませ、後は除夜の鐘を聞くのみと言った所ではないでしょうか。私の場合、詩は兎も角として小説などは自分を追い込んでギリギリになるまで書かない性格なのですが、それが持病にまで影響し、心不全を発症しているのにギリギリまで我慢してしまうんですね。
 もう限界となった時点で漸く救急車を呼ぶ…、搬送先の病院で看護師に「もっと早く来なければ駄目ですよ」といつも怒られてばかり、まるで子どものようです。
 2013年を振り返ると、やはり闘病の一年でした。病気が治る訳ではないので闘病自体死ぬまで続くのですが、今年は特別でした。正月早々心原性脳梗塞で倒れた時の事がトラウマになっております。深夜1時、部屋の灯りを消す為にベッドから起き上がろうとした所、身体が全く動かない…、初めての経験で、それは言葉に出来ないほどの恐怖でした。
 自分の身体に何が起こっているのかその時はまだ理解しておらず、動かない手足を何とかしようともがいている内にベッドの下に転落。その時かなり強く打った為、今でもその打撲痕が消えずに残っています。
 右半身の感覚が全くないため痛みは感じませんでしたが、骨折しなかったのが不思議な位で、右腕がどんな状態になっていたのか想像すると恐ろしくなります。ベッドの下で一時間ほどもがいていたでしょうか…、兎に角助けを呼ばなければと思い、自由に動く左腕のみを頼りにベッドへと戻りました。そして左手で携帯を握り締めたまではよかったものの、右腕を必死に携帯の所に持って行こうとするのですが、全く力が入らず成す術もないまま携帯を見詰めておりました。
 「万事休す」人生の終わり、つまり「死」を悟った瞬間でした。声も出ず助けも呼べず、孤独と絶望に打ちひしがれた正月の深夜…。流れ出るのは鼻水と涙とだらしなく開いた口元からの唾液のみ。然し、そうやって地獄の淵に佇む私に向かって、またしても幸運の女神が微笑んだのです。
 入院から10日後には脳梗塞の後遺症も全くなく、奇跡の復活を遂げた訳です。この様な「九死に一生」体験をすると、その年は運が悪い大凶と思ったりしますが、結果を見ると「大吉」ではないかと考え直し前向きの姿勢に修正出来たりするものです。
 脳梗塞の後、立て続けに起こった「心不全」によりまたしても救急搬送され、今年前半は病院生活に費やされてしまった訳ですが、病気を活力の源と置き換える事が出来れば、闘病生活の中に希望の光を見出す事が出来るのではないでしょうか。
 絶望からスタートした2013年も終わり、何はともあれ生きている事の喜びを噛み締めて、来年は希望からのスタートにしたいものと思っております。この一年、私のブログに訪問して頂いた皆さま方全ての人に幸多き年となるよう心からお祈りし感謝致します。
 今年一年ありがとうございました。そしてまた来年もどうぞよろしくお願い致します。

管理人:神戸俊樹
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サンタクロースからの手紙。 

サンタ

 皆さん、クリスマスイヴですね。わたしは多分この記事を書き終わった後、苺のショートケーキと少しだけお酒を頂こうと思っています。さて、トナカイが不足しているためサンタクロースも悩みが多いようです。そこで今年からインターネットを通じて注文を頂き、宅配便によるプレゼントのお届けとなったようです。
 何だか夢のない話になってしまいましたね。クリスマスプレゼントの思い出と言えばわたしの場合、中学の3年間を過ごした天竜養護学校の話題になります。
 天竜病院(旧天竜荘)には当時、1病棟から13病棟まであり、子どもたちの病棟は12病棟と13病棟だけでした。木造の古い建物で、元々サナトリウムでしたから大人の患者さんが殆どでしたが、昭和31年辺りから子どもの病棟が出来たと記憶しています。
 病棟にはおよそ100名ほどの子どもたちが生活を共にしていました。冬は電気あんかを抱いて隙間風を凌ぎながら水道の水も凍りつく寒さの中でそれでも風邪ひとつ引かず、子どもたちは元気でした。家から遠く離れ、家族との面会も月に一回しかありません。
 親も子も会いたい時に会える訳ではなかったのです。下は4歳児から上は16歳くらいの子どもたちだけの暮らしは、それぞれが持つ病気との闘いの中でお互いを励まし会って毎日を暮らしていたように思います。クリスマスイヴが近づいても親からプレゼントを貰うなどという事は出来ません。
 小学校低学年の子どもたちはサンタクロースの存在を信じている子もいました。もちろんわたしほどの中学生になればサンタは夢物語だと分かっていましたが、それを信じている子どもたちには言えません。夢を壊すような話は禁止と、暗黙の了解のように病棟内で決まっていたのです。
 そして迎えたイヴの夜、消灯は20時30分。看護婦さんが見回りに来て各部屋の電気を消して行きます。消灯と同時に寝てしまう子どもなどいませんから、暫くの時間はまだ遊びが続いています。夜も22時頃になると、さすがに小学生は寝息を立て始めます。
 寝入った子どもたちを確かめ、誰かがベッドから起き上がり消灯台の引き出しから何やら取り出し、病室を出て行きました。それも一人や二人ではないのです。 仲間同士で決めた訳でもないのに、皆それぞれがサンタクロースになり切っていました。もちろんわたしもその一人でした。そうして、大部屋と小部屋を行き来して手作りのプレゼントを枕元に置いてくるのです。
 病棟の朝は早く、午前5時には検温のため体温計を脇に挟み、またそのまま寝入ってしまうのです。冬の起床時間は6時30分でした。外は松林に囲まれているため、病室内はまだ薄暗く、吐く息は蒼く凍り付きました。
 検温が終わり、看護婦さんに体温計を渡し終えると、また再び布団の中に潜り込んでしまいました。その時です、足元に何かがぶつかりました。布団をめくって確かめて見ると、小さな紙包みの箱にリボンが添えて置いてあったのです。
 各部屋の子どもたちはもうその頃には起きて、枕元のプレゼントに大喜びしていました。何故?わたしにプレゼント?頭が混乱しましたが、紛れもなくわたし宛のプレゼントでした。中身は白い靴下。そして一通の手紙が添えてありました。
「神戸君、クリスマスおめでとう。これはささやかな神様からの送り物ですよ、早く心臓がよくなるといいですね」名前は書いてありませんでしたが、ひとつだけ思い当たる人物がいました。長谷川さん?しかし結局分からず仕舞いでした。長谷川さんは12病棟で一番恐い看護婦さんで、朝になると子どもたちを叩き起しに来る人でした。
 然し、恐くても皆のお母さん的存在の人でした。今88歳になり福岡でひとり暮らしを楽しんでいます。この時の思い出をクリスマスイヴを迎える度に思い出し、瞼が熱くなってくるのです。

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雪のカクテル。 

カクテル


で作ったカクテル
実らぬ想いの味がする
の名残りが凍りつき
あたしの吐息が
未練を溶かす
カクテル飲み干せば
酔って振られてが舞う
あたしは
破れただるま
流す涙で自ら溶ける
だからお願い
カクテル
もう一杯


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折れたクレヨン(鎮魂歌)追記あり。 

クレヨン


一本の
クレヨンが折れた
音も立てず
ひっそりと
山深く
名も無きその谷に
吹き渡る風は震えて眠り
月夜が照らす岩肌は
氷のように冷たかろう
闇の雫が滴り落ちる
その底で
君はもう
二度と絵筆を握らない
涙で滲んだクレヨン
空を悲しみの色に
染めるだけで

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大衆文藝ムジカ創刊号発売迫る!。 

ムジカ02

 師走に入り、寒さも一段と増しつつある今日この頃。12月24日のクリスマス・イブに発売予定の『大衆文藝ムジカ創刊号』であるが、今年7月に刊行された『創刊準備号』が、今もなお、紀伊國屋書店新宿本店にて平積みされている。
 これは取りも直さず書籍が売れている事の証しだろう。平積みされた本がある程度時間が経ち、客足も途絶えがちとなってくれば、平積みから棚差しへと書籍の陳列方法は変わって行くのが通例である。
 名もなき港から革新の帆を掲げ、文藝の海へと船出した『ムジカ』は、無限の可能性を秘めた創作者たちの手によって、大航海を始めたばかりである。ムジカ商業誌である以上、そこに求められるものはクオリティの高さである。
 創刊号においては、準備号よりも寄せられた作品に対し、審査基準が更に厳しくなっているのは致し方ない事。読者あっての書籍であるし、読者が求める書籍の姿を追求するとなれば、必然的に答えは見えて来る。
 他の文藝雑誌とは明らかに一線を画す雑誌として、多くの作品をムジカから輩出する事により、沈滞気味の日本文学界に新しい風を送り込む。それが私たちに課せられた使命なのではないだろうか。
 さて、創刊号であるが、目玉はなんと言っても、テレビドラマ・映画化されて話題となった漫画『鈴木先生』の著者である武富健治氏とムジカ代表の葛原りょう氏による誌上対談が実現した事である。
 このご両人による対談、一体どんな話しが飛び出し、聞かせてくれるのか楽しみである。
 武富氏は現在、『惨殺半島赤目村』執筆中!(「月刊コミック アース・スター」で好評連載中)。
※大衆文藝ムジカは全国の紀伊國屋書店並びに、武甲書店で購入可能。まだお買い求めでない方は是非この機会に「芸術の書」としてあなたの本棚に一冊追加してみて下さい。
 ムジカでは、プロ・アマ問わず新たな書き手を随時募集しております。既出作品でも構いません。是非あなたの鮮烈な言霊をムジカにぶつけてみませんか。ジャンル不問。書評・俳論・歌論などお待ちしております。
 原稿はこちら→「大衆文藝ムジカ事務局
」へお送り下さい。

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思い出のタラその1(ねこ鍋一歩手前)。 

ねこ鍋
 
 約8年ほど前、近くの公園の雑木林で鳴いていた生後1ヶ月余りの捨て猫?を見つけた。わたしは最初の復職がうまく行かず、うつリハビリを再スタートしている最中だった。
 うつの人は朝方最も状態が悪くなり気分が落ち込み、朝などこなければよいと思うほどである。しかし、朝起きなければうつ状態はよくならないので、主治医の言われる通り早朝散歩を始めたのである。
 6月の始め、空はどんよりと曇り梅雨を思わせる空気が重く張り詰めていた。車の往来も少なく、人も疎らな公園の中に子猫の親を探す鳴き声だけが虚しく悲壮感さえ漂わせながら響いていた。
 あれから8年が過ぎ、今では堂々たる飼い猫となった「タラコ」♀。この8年間タラコの名前が呼ばれない日はなかった。彼女の姿が少しでも見当たらないと誰かが必ず「タラは?」と声をかける。いつの間にか我が家に無くてはならない存在となったわけである。
 猫の為に人がいるのか、人の為に猫がいるのか。猫に限らず多くの動物がペットとして飼われているが、親身一体となって飼われているペットがどれだけいるだろうか。我が家にはインコもおり、猫と小鳥の共存については細心の注意を払っていたが、いつの間にかインコの方が先輩風を吹かせており、タラコは目線さえ合わせようとしない。
 猫の爪とぎに悩む人も多いと思うが、江戸川区に住んでいた頃は持ち家だったから、まったく気にも留めずすき放題にさせておいた。しかし今は貸家住まいなのでそうも行かない。引越ししたばかりの頃はタラコもさすがに新居に慣れず、食事も二日ほど口にしなかったが、慣れてくると持ち前の好奇心を発揮し家中を歩き回り、しまいには何処で見つけたか知らないが、屋根裏に入ってしまいその内出口が見つからず鳴き声だけが3つの部屋を行ったり来たり。
 探す方も何処にいるのやら、天井から声が聞こえるものの、何処から入ったのか解らず大笑いしながら探しまわった。好奇心が強いわりに一度も外へ出たことがなかく、窓から外を眺める程度。猫は犬と違い喜びを表現する行動が分かりづらいが、実は猫ほど思いやりに溢れた動物はいないのである。
 猫は自分が獲物を捕まえると飼い主にそれを見せに来るが、この行為は「食べ物を手に入れたのであなたにも分けてあげますよ」という意味が込められているそうだ。犬は舌で汗をかくが、猫の場合は肉球だそうである。猫の爪研ぎにも色々な意味が込められているようで動物の不思議はまだまだ数多くありそうだ。

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