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夜明けのリリー。 

リリー


夜明けのリリー
グラス片手に 朝を待つ
眠れぬ夜更けに 飲み干す夢は
遠い異国の 影法師

夜明けのリリー
異国の風に 震えて眠れば
指で弾いた 未練の味が
グラスの底に 霞んで見える

夜明けのリリー
バラのとげ刺す 心が痛い
乾いたくちびる ウォッカに濡れて
酔えぬ噂を 聞き流す

夜明けのリリー
夜明けのリリー
グラス飲み干し 朝を待つ
夜明けのリリー
夜明けのリリー
異国の風に 吹かれて眠れ


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テーマ: 作詞・作曲

ジャンル: 音楽

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玄米VS腎臓病。 

玄米

 私の今年の抱負は入院しない事。毎年、同じ目標を掲げて来たが、過去7年間でそれを達成出来た試しがない。最も酷かったのは脳梗塞で新年を迎えた2年前の時。右半身完全麻痺の状態から、後遺症全くなしと言う奇跡の復活を果たしたまでは良かったが、その後がいけなかった。
 2月~4月にかけて心不全を2回起こし救急搬送。そして記憶に新しい昨年1月、蜂窩織炎と心不全で緊急入院し左奥歯を3本抜歯、痛み止めが効かずモルヒネを使用。この時の入院で初めて腎臓内科に掛かる事となった。
 「今年は入院1回で済みそうだと…」と高を括っていた矢先、11月末に心不全で救急搬送、体重が思うように落ちてくれず2週間の予定が3週間かかり、12月18日に妥協しての退院となった。そして今年もやって来た1月7日の誕生日
 静岡にいる息子『勇樹』から玄米(ひとめぼれ)30キロが届いた。昨年『ひとめぼれ30キロの思いやり』と題して記事を書いたが、その時は白米であった。それが今回、玄米に変わったのには訳があった。
 入院を何度も繰り返している内に心臓以外に腎機能も悪化の一途を辿って行った。腎臓内科の担当医から「かんべさんの腎臓は30%の機能しかありません…」と告げられ、その場で返す言葉もなく私は沈黙し俯いてしまった。
 余命1年を宣告された26年前よりショックだった。心臓の場合は手術をすれば元気になれると言う希望があったのでそれほどショックもなかった訳だが、それに比べると腎臓の場合は非常に厄介で、病気がかなり悪化し末期状態になって初めて自覚症状が現れるため、気付いた時には手遅れと言う事態も少なくないようである。
 私の場合も長い期間に渡り腎臓病に対するアプローチやフォローもなくここまで来てしまったため、気付いた時には腎機能30%だったと言う事なのだろう。心臓病と同様に腎臓病を治す薬は今のところ存在しておらず、腎機能を助ける対処療法や食事療法などで出来るだけ腎臓に掛かる負担を減らす事が最善の方法となっている。
 退院日が近づいて来ると、希望すれば栄養士から退院後の食事指導が受けられるが、自宅に戻ってからが本当の闘病生活の始まりである。病院から一歩外に出れば、別世界が待ち受けている。特に『食欲』に対する誘惑は街の至る所に存在し、食の脳幹を刺激して来る。
 厳しい食事制限を言い渡され、『食の楽しみ』を奪われてしまうと尚更美味しい物が食べたくなってしまうのだ。然し栄養士や看護師などから言われた事を守らなければ、即座に病院へ逆戻りの結果が待ち受けている。
 玄米腎臓病をキーワード検索すると、玄米をメインとした腎臓食のレシピが数多くヒットする。人間に必要なビタミン、ミネラル、食物繊維など40種類が豊富に含まれている事も初めて知った。但しメリットばかりではなく、デメリットもある事を承知しておかないと玄米依存に陥ってしまう可能性もあるので気を付けたいところである。
 玄米初体験、30キロあれば半年は米を買う必要もない。息子の真心に感謝し、生まれて初めて味わう玄米の食感を噛み締める父であった。

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テーマ: 食事療法

ジャンル: 心と身体

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この病室の窓から。 

病室の窓


この病室の窓から
踊る君の姿を眺めていた
明るい空の下で
快活に飛び跳ねる
若き命の塊よ
脈打つ心臓は
明日の未来を夢見ているか
その笑顔は
純粋な心を育む
エネルギーになっているか
若く明るい健全な魂よ
その場所から
化石のように病んだ
この身体が見えるだろうか
くすぶった灰色の空のような
悲しみを握りしめて
この病室の窓から
放り投げている私の姿が――


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テーマ: 自作詩

ジャンル: 小説・文学

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お雑煮と元旦ライヴin曼荼羅。 

お雑煮

 元旦に外出したのは何年振りの事だろう…。家族4人で暮らしていた頃は近くの帝釈天初詣と、我が家の恒例行事になっていたが、離婚して一人暮らしになり今の所に越して来て6年目。過去5年間、常に体重増加と心不全を意識して正月を迎えていたような気がする。
 今年は初詣にもまだ行っていないが、それより貴重な体験をさせて頂いた。私にお呼びの声が届いたのは昨年、退院してまだ間もない頃だったと思う。
 大衆文藝ムジカの責任者、そして詩人で歌人・俳人でもある『葛原りょう』氏からフェイスブックを通して吉祥寺の老舗ライヴハウス曼荼羅で元旦ライヴを行う旨、参加の呼び掛けがあった。
 当然の事ながら私は退院間もない身であり、一ヶ月は自宅静養が当たり前であったから、「参加する」と即答出来ず、「体調が良かったら行きます」と返答を濁らせた。
 そして迎えたライヴ当日、体調は思ったよりよかったので退院後初めての電車を乗り継ぐ外出となった。正月の東京は人影や走る車の数も少なく閑散としている。凍てつく真冬の空は今にも雪がやって来そうな厚い雲に覆われていた。
 開場は16時だったが、30分ほど早く会場に到着。吉祥寺に降り立つのも随分久しぶりの事となる。受付もまだ始まっていなかったが、B1階のドアを開け中の様子を覗き込んでみると、中では出演者たちのリハサール中だった。
 入口に立つ私の姿に気付いた『久留素子』さんが、真っ先に声を掛けて来た。「かんべさん、かんべさん…」「お久しぶりです」満面の笑みを浮かべつつ握手を交わす。彼女も今日ステージに立つ一人である。そして『葛原りょう』君と握手。
 病み上がりの身体を気遣う彼に促されながら、ベンチ型の長椅子に席を設けた。正月恒例のイベントとなっているこのライヴは飛び入り参加もOKで、もし私の体調が万全だったら詩の朗読に挑戦してみたいと思ったが、10年前100名の同窓生の前で詩を二つ朗読して以来、その機会から遠ざかっており、とてもステージに立つ余裕もなかった事から観劇に徹する事とした。
 オープニングは司会・進行役を務める『葛原りょう』君の詩の朗読で幕を開けた。出演者たちが自分の得意分野を披露するその内容はバラエティに富んでおり、詩、俳句、短歌、小説の朗読以外に、アカペラ、カンフーの演武、ピアノ演奏、舞踏など多岐にわたっている。
 会場にはNHKテレビ連続ドラマ『鳩子の海』や『Gメン75』などでお馴染みの女優『藤田三保子』さんもみえており、葛原君の紹介でステージに上がり熱いメッセージを私たちに贈ってくれた。
 アーティスト個々の演劇も素晴らしい内容であったが、私にはもう一つ密かに楽しみにしていた物があった。素子さんから事前に情報を得ていた『お雑煮』である。「お正月だからやっぱりお雑煮が食べたいかなぁ…」「曼荼羅でもお雑煮が出るそうですよ」。この一言で曼荼羅行きを決めてしまった部分もあった。
 曼荼羅のカレーも美味しいと人気メニューであるが、この『お雑煮』がまた格別の味で「うーん、美味い」と声が出てしまったほどである。見た目はあっさり上品だが、出し汁がしっかり効いていて、何杯でもお代わりをしたくなるほどだった。お雑煮を頂くのも、一人暮らしを始めてから長い事口にしていなかったので、より一層このお雑煮の味が五臓六腑に染み渡ったのは言うまでもない。
 約4時間にわたるライヴが終了し、二次会へのお誘いもあったが、流石に疲れて二次会に参加する余力も残っていなかったためお断りした。こうして私の1年が普段とは違うスタートを切れた事に感謝するとともに、見事なパフォーマンスを披露してくれたアーティストの皆さんにこの場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
 店の外に出ると、星も凍てつく冷たい夜風にコートの襟を立てたくなったが、心の中は言葉の温もりで一杯だった。来年もっと元気な自分でいたなら今度はステージに立ってみよう、マイクを握りしめて叫んでみよう…。そう思いながら曼荼羅を後にし、帰路へと就いた。

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テーマ: LIVE、イベント

ジャンル: 音楽

タグ: 元旦  正月  お雑煮  吉祥寺  ライヴ  初詣  帝釈天  ステージ  朗読 

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恋化粧。 

恋化粧


募る想いを 涙で隠し
ひとり恋路を 忍びゆく
色付く葉陰は 紅色の
微かに揺れる 恋化粧

淡い想いが 夕陽に染まり
待つ身の辛さが 影落とす
知らぬ振りして 重ねた胸に
嫉妬恋慕の 雨が降る

叶わぬ恋と 知りつつも
指輪外して 春を待つ
今夜だけはと 寄り添いながら
せめてこの恋 薄化粧


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テーマ: 作詞・作曲

ジャンル: 音楽

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喪中(幼き日の思い出とともに…)。 

喪中

 喪中につき新年のご挨拶をご遠慮させて頂きます。

 郷里の藤枝に住んでいる従姉の父親『神戸福治』が93才にて老衰の為、永眠致しました。
 一昨年末に亡くなった伯母『ふさ枝』の後を追うように、静かに息を引き取ったとの事でした。従姉からその知らせが届いたのは私が入院中の事だった為、喪中ハガキを用意する準備時間もなく、また藤枝に帰省し、仏前に手を合わせる余裕もありませんでした。
 ふさ枝、福治、この両人とも幼い頃に大変お世話になっており、私にとっては親も同然の存在でした。暴力団との諍いで逮捕された父『信夫』が、藤枝警察署の拘置所で号泣した話しを今でも忘れられません。
 ※藤枝警察署の取調室に男が四人いた。父を中心に話し込んでいるのは担当の巡査、伯父の福治、そして祖父の弟、良一だった。
「信さん、どうするよ」と巡査が言った。
 警察署員が犯罪者に「さん」付けで呼ぶのはこれが初めてではないだろうか。元々父はここの署員だったし、同僚も数名おり、顔なじみだったからだ。皆の前でうなだれ、酒の切れた父はそれこそ牙を抜かれた狼同然だった。福治が続けて言う。
「俊樹をどうするつもりだ」
「おみゃーが服役している間は俺んとこと良ちゃんちで面倒みるから」
「もう二度と馬鹿なことするじゃにゃあぞ」
 福治の言葉が相当こたえたのか、父は涙をぼろぼろ零し泣いた。自分の愚かさを嘆いていた。もうこんな馬鹿な事は二度とするまいと誓っていたのかもしれない。

※小説『届かなかった僕の歌』より引用。
 語り尽くせぬほどの思い出を私に与えてくれて、本当にありがとうございました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
 昨年は当ブログをご贔屓頂き誠にありがとうございました。本年も皆様のご多幸を願いつつ、宜しくお願い致します。

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テーマ: 年末年始、お正月

ジャンル: ライフ

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