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言葉のスランプ。 

スランプ


 ここ数日、パソコンがとても遠い存在になっている。いつもなら起きれば真っ先にPCの電源を入れるのだが、ベッドから起き上がる事さえ面倒に思え食事もまともに摂っていない。
 プライベートで心配事が重なり、それを起因とする不眠症の傾向が続いている。朝飲むように処方されている大部分の薬が夕方ないし夜になってしまい、一日3回飲む薬が1回か2回で終わってしまうと言う、悪循環ブログ更新にも影響を及ぼし始めている。
 ボブ・ディランのノーベル文学賞について「答えはいつだって風の中にある」と題した記事は文章が全く纏まらず、言葉の端々が断片的に紙屑のように頭の中を乱舞するばかりで、記事としての文体をなしておらず、おそらくこのままお蔵入りとなるだろう。
 ブログを書き始めてから、過去にこのような経験は一度もなかった。ブログのネタが無い訳ではなく、書き記したい事は山ほどあるのに文章を組み立てる気力が湧いて来ないのである。
 そう言いながらも、こうして現在の状況を説明している訳であるが、これが一つの記事として成り立つかどうかは、読者の判断に委ねるしかない。
 わたしは自分の発する言葉に拘りと責任を持っているつもりであるが、時にはそれが独り善がりになり、思わぬ形で人を傷つけてしまう事もあるだろう。
 あらゆる意味に於いて自分が弱っている時は、言葉にもスランプの時期があるのかも知れない。だから書きたい事が書けず、伝えたい事が伝わらず自己嫌悪に陥ってしまう自分がいる。
 この悪循環を早く断ち切って、気負う事なく記事を書き続ける事が出来るよう、今は「休息の時」として捉え、焦る事なく再スタートを切れればよいと思っている。

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祭りで賑わう夜(詩集・天国の地図より)。 

藤枝祭り



祭りで賑わう夜
父は病床に寝たきりの身体を起こして
息子の帰りを
独り静かに待っていた
外は祭りの熱気で溢れているのに
か細くやせ衰えた肩や手が
息子を呼んでいるのに
今夜には帰り筈の息子は
夜更けまで何処かで遊び惚けている
祭り太鼓
父の胸には悲しく響くだけ
帰らぬ息子を想っているのか
自分の憐れさを悲しんでいるのか
隙間風が枕元を通り過ぎて
祭りも終わりを告げるようだった


※末期の肝硬変余命いくばくもない父から呼出され実家へ帰った時、藤枝は4年に一度の大祭だった。その時を回想して作った

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