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入院ゼロまでのカウントダウン。 

三井記念病院

 時の流れは想像以上に早く感じるもので、今年も余すところ後1ヶ月と少し。昨年を振り返ってみると丁度今頃は心不全で三井記念病院に入院中であった。年の始めになると毎年のように抱負を語るが、今年もやはり「入院しない」だった。その抱負がもう少しで現実のものになろうとしている。
 過去5年間を振り返ってみると、2012年は1月の循環器外来時、心臓が肥大していたため入院を勧められたが、愛猫タラがいたため入院を断り自宅にて静養。それも入院に含めれば100%の確立で入院を余儀なくされていた。
 最も酷かったのは2013年1~4月に掛けて。既にご存知の方も多いと思うが、私の長い闘病履歴から見れば「万事休す」そのものだったのが脳梗塞である。右半身が完全に麻痺した時の恐怖は簡単に言葉で表せるものではない。然しながら幼い頃から強運の持ちである私はこの時も奇跡的な復活を果たした。
 僅か10日で退院出来、喜び勇んでいたのも束の間で退院から1ヶ月で心不全のため救急搬送、約1ヶ月の入院治療で4つの心臓疾患に加えて慢性腎不全と言う厄介な病名が追加されてしまい、これまで以上に水分管理・食事制限が厳しいものとなった。そしてその年3回目の入院は4月下旬、やはり心不全だった。
 それ以降は毎年11~12月になると救急車を呼ぶ羽目に…。これらは全て自己管理を怠ったための謂わば自業自得の結果であったが、将来的に3回目の心臓手術も視野に入れる可能性が浮上した時、これまでの情けない自分を戒めるように決意を現実のものにする覚悟を決めた。
 病気は自分一人で乗り越えられるものではない。そこには多くの医療関係者、友人、知人、そして同じような悩みを抱える仲間たちがいる。その存在なくして今の自分は有り得ないだろうし、今年の抱負に現実味が増して来たのも応援してくれる有り難い仲間がいるからだ。
 今年も多くの善意に助けられ、感謝の極みである。そして入院を回避出来た事は将来に向けて大きなステップとなり、新たな希望の光と自信に繋がってくれるだろう。今年がまだ終わった訳ではない、手綱を引き締めて油断せぬよう残りの日々を送りたいと思う。

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グッバイ、たまねぎりりィ…。 

りりィ


 その類まれなるハスキーボイスで聴く者たちを魅了し続けて来た歌手で女優のりりィ(本名・鎌田小恵子)さんが11日、肺がんのため死去。享年64歳だった。
 米軍の将校だった父親と日本人の母親を持つハーフだった事もあり、日本人離れした美貌と音楽センスの良さでデビュー当時からその頭角を現していた。
 1972年アルバム『たまねぎ』でデビューしたが、当時はデビュー作がアルバムと言うのは非常に珍しい事でもあった。その2年後の74年に『私は泣いています』が100万枚近いセールスを記録するなど大ヒットして、彼女の名前は世間に広く知れ渡る事となり一気にスターダムに上り詰める事となった。
 女優としても早くからその才能を認められ数多くのドラマや映画に出演し、その場に佇むだけで絵になるなど、台詞が要らないほどの存在感に監督たちは圧倒されていたようである。私は彼女のデビュー作『たまねぎ』に強烈な印象を受けていたため、今でも彼女の事を『たまねぎりりィ』と呼んでいる。
 彼女の歌声を初めて聴いた時、「ジャニス・ジョプリン!」と思わず叫んでしまった。和製ジャニス・ジョプリンと言えば『カルメン・マキ』を思い起こすだろうが、私の中ではりりィ=ジャニスの再来だと思っている。
 そしてまたアングラの女王と呼ばれた『浅川マキ』のブルースが最も似合うのもりりィではないかと思う。近年ではドリカムのヴォーカル吉田美和の義母である事などが話題を呼んでいた。煙草が好きだったと聞いていたので、それが死期を早めてしまったのかと思うと悔やまれてならない。
 64歳と言う年齢は歌・演技に関わらず人生においても円熟味が増し、これから益々活躍出来る年代だっただけにその早すぎる訃報は残念としか言いようがない。ここに謹んで故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます(合掌)。

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