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ビーチサイドの人魚姫

2019年3月、写真に目覚め、Instagramに本格参加。スマフォでの撮影であったが、カメラの限界を実感し2019年9月Nikon D700で一眼レフデビュー。カメラは独学。2020年4月、Nikon D810へアップグレード。いつか写真展を開く為、日々精進。勿論、詩、小説、エッセイ、作詞は継続中。2021年夏、Nikon Z7Ⅱへと更にアップグレード。

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青い瞳の恋人。

ネモフィラ1

ネモフィラ2

ネモフィラ3
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO64,SS1/800,f/3.2 NIKKOR Z MC105mm f/2.8 VR S

青い瞳の恋人よ
踊っておくれ
歌っておくれ
青い青いその瞳で
僕だけを見詰めておくれ
風は優しく頬を撫で
心は青い瞳で満たされてゆく
踊っておくれこの僕と
歌っておくれ
壊れかけた
この僕のために


 壊れかけたと言うより壊れてしまったと言う方が正しいかも知れない。6月21日に退院してから1ヵ月以上が経過した。「その後如何ですか?」と言う体調を気遣うお言葉を多々頂く。有難い事だと思いつつも「元気になりました!」と胸を張って言えない自分が情けなくなる。退院したら撮影出来なかった2か月分を取り戻す積りでいたし、自分を鼓舞するため、新たにZマウントの単焦点レンズを購入、更には軽量のトラベル三脚も買った。新しいレンズを買えば否応なしに撮りに行きたくなるのは必然。
 だが、最も撮りたい夜景を未だにカメラに収めていない。撮影許可は下りているので出掛けてはいるが、入院前の3,4月頃と比べると明らかに全ての点で調子が戻っていないのである。暑さや感染爆発しているコロナの影響もあるだろうが、やはりまだまだ病み上がりの状態から脱していないのが現状。無茶をすればまた病院のベッドが待っている…。
 そして最も気がかりなのが腎臓の今後の行方である。いつかは『透析』とそれは覚悟の上だが、腎不全に関しては何とも腑に落ちないのである。撮影から自宅に戻って足を見ると、自分の足とは思えぬほどに浮腫んで変形している。何故ここまで悪化する前に手を打たなかったのか?両足を見詰めながら愚痴一つ…。心臓病の事はもうよいから、腎不全を治す特効薬が欲しいなぁ。
ネモフィラは4月、日比谷公園で撮影した。昭和記念公園まで行けば広大な敷地にネモフィラ畑が拡がっているのは知っていたが、そこまで撮影に行く元気は流石になかった。地面スレスレに咲いているの撮影は姿勢を低くして撮らなければならず、無理な姿勢を長時間続けたため、翌日は身体中が筋肉痛だった。
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隅田川メモリィ。

永代橋2022.1

永代橋2022.3

永代橋2022
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO200,SS/10秒,f/16 LAOWA FFⅡ 14mm f4.0


行方知れずの恋心
川面に揺れて流されて
破り捨てても戻される
あなた恋しや隅田川
橋のたもとに立ち尽くす

一夜限りの恋ならば
他人の体に身を任す
波の灯りに照らされて
浮世の風に流される
馬鹿な女の独り言

揺れる心にあなたの影が
今夜も映る刹那の川に
想いの欠片を流します


 隅田川のクルーズ船を撮影した後、中央大橋を新川方面に渡り、隅田川テラスを散策しながらスカイツリーのある方向に暫く歩くと永代橋に着く。隅田川に架かる橋の中で青くライトアップされる橋は築地大橋など幾つかあるが、やはり私は何と言っても永代橋の青が好きである。青と言うより瑠璃色と表現すべきかも知れない。
 永代橋の歴史を紐解いて見ると、元禄9年頃でなんと江戸時代にまで遡る。広重などの浮世絵で当時の永代橋を見る事が出来るが、名前が付く以前から橋はあったらしく、「深川の大渡し」と呼ばれていたようだ。「忠臣蔵」の赤穂浪士が吉良邸から泉岳寺へ引き上げる際に渡った橋としても有名。
 撮影したこの日は確か「ピンクムーン」だったと記憶しているので4月中旬辺りだろう。陽が沈み辺りが夜の帳に包まれると、その風景は一変する。超広角レンズと三脚を使用するようになってから、夜景撮影がより一層愉しくなった。
 瑠璃色に輝く永代橋の灯りが川面に反射して、果てしなく拡がる蒼茫とした海が紺碧の空にまで続いて行く…。300年前、江戸の人々が様々な想いを馳せてこの橋を渡る姿が垣間見えて来るようで、私は暫く橋の袂に立ち竦み物思いに耽っていた。
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戦火の中に咲いた花。

ツバキ3

ツバキ1
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO64,SS1/320,f/3.5 NIKKOR Z MC105mm f/2.8 VR S


人はなぜ争うのだろう
美しく清らかなのように
優しい気持ちになれたなら
どんな過ちも許せるのに
地球が丸いのは
世界が一つに繋がっているから
どんな土地にもは咲く
例えそれが
戦火の中であったとしても

 ウクライナ私物化を企む利己主義の塊、プーチン大統領。『ウクライナの同胞を解放する』を大儀名分とし、軍事侵攻の正当性を国内外へ向けてアピールする。強かな彼の脳裏にはこの戦争への『勝利宣言』と『打倒ゼレンスキー政権』しか存在していないのだろう。
 戦後70年、平和な国に生まれ変わった日本に私たちは育ち、激動の昭和から~令和へと逞しく生き抜いて来た。この国にとって戦争は非日常の出来事へと戦争の歴史と共にページを閉じた。戦争そのものを体験した年代の人口も激減し、過去の遺物として時折、語られるに過ぎない。然し、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が非日常を日常へと激変させたのである。
 日々、激しい攻撃に晒されているウクライナの現状は、この地球上のあらゆる国の未来の姿なのかも知れない。北方領土問題を抱える日本は、この戦争を対岸の火事として捉える事は到底出来る筈もない。
 旧ソ連の貧しい時代を体験しているロシア人にとって、欧米各国の経済制裁はさほどのダメージを与えるには至っておらず、今後数年先まで見通す必要性があり十分な効果を発揮するまでにどれほどの時間が掛かるのか、ロシア国内の経済動向を注視し、徹底分析を続ける意外にないのが現状だ。
※近所に咲いていた椿?を撮ってみて、薔薇に似ていると思ったが、赤い薔薇と根本的に違うのは、そのの持つ存在感と色である事に気づいた。薔薇は艶やかで、激しい情熱を秘めているが、椿はその真逆で、目立つ事を嫌う慎ましい姿…。それゆえ、散り行く椿が最も美しいのはそのためだろうと思った。
(5月8日の入院前に下書きしておいた記事。加筆・修正せず執筆時のまま投稿する事とした。)
※※7月26日、呼吸器外来にて右肺に溜まっている水を針で少し抜き検査をする。何故、いつまでも抜けずに溜まり続けているのか?その原因が分かると思う。
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東京ジャンクションVol.4。

辰巳ジャンクション

辰巳ジャンクション2

辰巳ジャンクション3
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO100,SS/10秒,f/16 LAOWA FFⅡ 14mm f4.0

 ここ数ヶ月の風景写真NikonやSIGMAのレンズではなく、中国ブランドの『LAOWA』を使っている。以前から超広角単焦点レンズが欲しいと思っており、ネットでZマウントのレンズを探している内にこのLAOWAに辿り着いた。購入の決めてとなったのは、5枚の絞り羽。風景、特に夜景撮影を得意分野としている私としては、絞り羽5枚のレンズは初めてであり、Nikonのレンズでは7~9枚の絞り羽では光芒が少し煩すぎる(個人差はあるものの)と感じており、LAOWAの織り成す10点の光芒は実に美しく斬新で、夜景撮影が更に愉しくなった。
 更に気に入ったのは全長59mm、重量228gと小型軽量である事。これにより、レンズを2本持ち歩く事が可能となり、花をMC105mmで撮影した後に、LAOWAに取り替えて風景を撮ると言った、一日で選択の幅が広がった事はカメラライフの更なる充実へと、また一段ギアを上げる事が出来るようになった。但し、電子接点部分がないため、焦点距離絞り値はレンズのリングを回して合わせる必要がある。最短撮影距離は0.27mであるが、本レンズは風景専用としているので全く問題ない。
 このレンズで初めて撮影したのが、アップした辰巳ジャンクションである。有楽町線の辰巳駅から徒歩数分でこの撮影スポットに出る。到着した時はまだ明るい時間帯だったので、周辺を散策して時間を潰した。丁度良い夕景も相まって、美しく優雅なジャンクションの姿を撮影出来、この日は良い達成感を味わう事が出来た。
 ※※コロナが急拡大しております。皆さま、油断せず十分注意してこの夏場をお過ごし下さいませ。
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隅田川クルーズへようこそ!

クルーズ船01

クルーズ船02

クルーズ船03
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO64,SS1/160秒,f/5.6 LAOWA FFⅡ 14mm f4.0

 6月上旬、2度目の入院と共に関東地方が梅雨入り。5月も殆ど病院暮らしだったので、カメラを触る時間も殆どなかった。そして予想外の再入院で更にカメラの時間が遠のいて行く。「梅雨で当分はぐずついた天気だし」と自分に言い聞かせカメラの虫が騒ぐのを抑え込む。
 そして2週間の点滴と検査三昧の日々を終え退院入院中は「退院したら〇〇へ撮影に行く」とそんな事ばかり考えていた。ところがである…。腎臓が悪化する一方でブレーキが掛らないのである。クレアチニンの数値を見た担当医が渋い顔で言った。「撮影は当分禁止ですよ…」。今、腎臓に必要なのは安静だと言う。確かに両足は赤ん坊の足のように「ムチムチ」して肉付きが良いように見えるがそれは「浮腫み」。だが、心不全は起こしていなため、私自身は元気。撮影に行きたくてウズウズしている状態…。眼には見えないが腎臓が大声で泣きじゃくっている姿を想像出来るだろうか…。
 兎に角、ここはグッと堪えて我慢するしかない。透析を目前にして首の皮一枚で辛うじて繋がっている状態。あれこれと騒ぐ心を落ち着かせ6月もそろそろ終わると思いきや、なんと関東地方が梅雨明けだと言う!しかもここ数日の35℃を超える猛暑は一体どうしたと言うのだ?今年の梅雨は一か月も経たない内に終わってしまったのか…。これからの数か月うだるような暑い夏が延々と続いて行くのか?炎天下での長時間歩行や撮影は健康な人でさえ危険であるから、退院したての私なんかがフラフラ出歩いてよい訳がない。ならば夜景撮影ならどうだ?と思いきや節電のため、スカイツリーや隅田川の橋はライトアップ中止…。隅田川の花火も中止となり、私から撮影の機会を根こそぎ奪って行くこの夏が憎い…。
 当分の間は過去に撮ったpicが中心となる。煮え滾る暑さの中で、一服の清涼剤となるだろうか?この隅田川クルーズ船。この日の目的はクルーズ船の撮影ではなく、本命は永代橋のライトアップ。だから14mmの超広角レンズ1本しか持っていなかった。ズームレンズがあればもう少し船に寄った迫力ある写真が撮れただろうと思うと、少し残念な気がする。中央大橋の上からの撮影である。そう言えば、知床半島沖で起こった観光遊覧船の沈没事故、あれから2ヵ月以上が経ちニュースでも殆ど聞かれなくなったが、未だに安否不明者が多く残っている。残された家族たちの悲しみは消える事なく知床の海に今も漂っているに違いない。
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救急搬送&あじさい巡り。

紫陽花2022.4

再入院
 
 6月6日、救急搬送にて再入院となった。5月28日の退院から僅か10日余りで病院へ逆戻り。長い闘病生活の中で、これほど短いサイクルでの入退院は初めての経験である。前回と同じく『うっ血性心不全』の急性憎悪であるが、今回は症状の現れた方が少し違っていた。
 元凶が心臓疾患である事は言うまでもないが、退院から4日目を過ぎた頃から体重が増え始め、両足が浮腫み始めた。これはどちらかと言えば、腎機能の急激な低下による『ネフローゼ症候群』に似ていると思った。それを顕著に体感したのは顔の浮腫み。これまで幾度となく心不全を繰り返して来たが、顔にまで浮腫みが及んだのは初めてだった。
 クレアチニンは4.5まで上昇し、eGFRは11.0。末期腎不全透析一歩手前の状態。壊れかけた腎臓が最後の雄たけびを上げ、必死に心不全と闘っているのである。私は主治医に「写真撮影が出来る身体に戻して欲しい」事と「透析を出来るだけ先延ばしする」この二つをお願いした。今回の入院は2週間、6月21日、ワーファリンの効果が漸く安定し退院の運びとなったが、病気が治癒した訳ではないので自宅に戻っても暫くは病院と同じような日々を送らなくてならない。落ちた体力・筋力を取り戻し、撮影出来る身体に早く戻したいと思っている。

あの世に咲く花

あの世の陽射しをたっぷり含んで
極彩色の花が咲く
この世のものとは思えぬ美しさで
咲き誇る
あの世の花が
私の代わりに咲いている
枯れかけた命の代わりに
思う存分咲いている
 
 入院数日前、無茶を承知で隅田公園へ出掛け、この紫陽花たちを撮って来た。地下鉄の地上へ出るほんの少しの階段が立ちはだかるモンスターに見えた。何度も何度も休憩を取りながら、やっとの思いで地上へ出る。私の影を多くの人々が追い抜いて行く。足取りは軽く、健康そうな肉体が燦々と注ぐ太陽の陽射しを受けて活き活きと踊っていた。
 花は来年も咲くだろうからいいじゃないかと思うだろう。だが、今年の花が来年咲くとは限らないし、同じ花ではない。今年咲いた花は今年の内に撮っておきたい、私には約束された未来がない、だから自分の命のある内に出来るだけ多くの被写体と出会い恋をしたいと思っている。撮影は私にとって恋愛と同じだから。

紫陽花2022

紫陽花2022.2

紫陽花2022.3
NIKON Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO64,SS1/200,f/4.5 NIKKOR Z MC105mm f/2.8 VR S
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うっ血性心不全で緊急入院!

入院2022
胸部X線2022
5月8日撮影、肺に水がかなり溜まっている       5月18日、肺の水がかなり抜けたが右肺にまだ残っている

 もっと早い段階で病院を受診すべきだった。限界まで我慢に我慢を重ねた結果、回復の遅れと長期入院を招いてしまい、猛反省している。ある方から「我慢はいけません」と諭されて本当に馬鹿だったと後悔している。
 5月8日、うっ血性心不全の増悪により三井記念病院の救急外来へ駆け込んだ。20代と思われる女性医師と男性医師の数人が交互に診察。呼吸が苦しいため、ベッドに仰向けになれない。最も楽な姿勢は直立不動。心電図、心エコー、レントゲン、採血など、救急で出来る限りの検査をする。安静時の脈はなんと140を超えており、頸動脈は今にも破裂寸前まで怒張していた。心房細動期外収縮などで脈は踊り狂ったようにバラバラだった。
 若い医師が言った「BNPが1200です!」普段は400だからその3倍。これは重度の心不全を意味していた。即刻入院となり7階の『循環器病棟』へ移動。担当の看護師が私を見るなり声を掛けて来た。「神戸さん、数年前に奥の病室にいましたよね…」。私の事を覚えていてくれた看護師がいた事に驚いたが、過去に何度も入院しているからそれも当然かも知れない。
 さて、一眼レフを始めてからずっと調子が良く心不全も起こさず入院から遠ざかっていたにも関わらず何故、このような状況になってしまったのか…。それは3月初旬の循環器内科外来時での事。採血で腎機能の数値を示すクレアチニンが3.4まで跳ね上がっていた。驚いた主治医が強心剤のジゴキシンの服用を中止したのである。子どもの頃から私の心臓を長い間守ってくれていた薬である。このジゴキシンは腎臓に大きな負担を掛けてしまうリスクがある。その為、腎機能が低下した患者には禁忌となっている。
 腎臓を守るため主治医の判断は仕方の無い事だった。薬を止めてから1ヵ月が過ぎた辺りから身体に異変が生じ始める。それは左足の浮腫みで始まった。薬を止めたからだと、私はこの時点ではさほど深刻に受け止めていなかった。写真撮影も普段通りに行っていたが、調子の良い時と比べて明らかに息苦しさが増しているのを感じていた。本来であれば、浮腫みが現れた時点で病院へ連絡すべきだったのである。
 酸素吸入、点滴、ベッド安静のため、トイレに行くのも車椅子だった。5月12日、状態がある程度改善したため16階の一般病棟へ移動となる。心臓の働きを助け頻脈を抑える薬のメインテートが増量された。だが、中々脈が100を切ってくれない。少し動くと120辺りまで跳ね上がる。私の中に入っている機械弁は脈が120以上になるとその早さに付いていけず人工弁心不全を起こす事があると言う。
 5月18日、担当医からこれまでの治療経過と今後の治療について説明を受ける。アップした胸部レントゲンはその時のもの。入院時、肺に大量の水が貯留していたため、白く写っているが、18日には水が抜けて肺の黒い部分が目立って来ているのがお分かり頂けるだろう。体重は約1週間で5キロ落ちた。それは身体に溜まっていた余分な水分である。
 但し、右肺にまだ水が残っており抜けきれない状態だが、症状が落ち着いているため、このままでも問題はないらしい。もし、心不全症状が出た時には肺に針を刺して直接抜くようだ。心臓がかなり肥大しているのも見て取れる。心胸郭比63%、これは35年前に余命一年を宣告された時よりも悪いが私はあまり気にしていない。
 メインテートが功を奏し始めて来たのは24日辺りからで脈も100を下回るようになり、酸素もヘパリン点滴も外れた。ワーファリンの効果が安定するまでかなり時間が掛かったが、退院の話しが出始めた頃にはINR2.3辺りで落ち着き始めた。退院一日前の27日、骨髄採取を受けた。これは白血球、赤血球、血小板が正常値の半分程度しかないため、その原因を突き止めるためだった。次回外来で検査結果が出るが、もしかすると新たな血液の病気が見つかるかも知れない。
 今回はメインテートで何とか乗り切ったが、再び心不全を起こした時はワソランを使う事になるだろう。それまでワソランは最後の切り札として温存しておく。それでもだめだった場合は腎臓を犠牲にするしか手立てはない。人工透析も視野に入れておかなくてはならない。だが、この先、どんな困難が待ち受けていようとも私は絶対諦めたりはしない。自分のやるべき事を全うするため、この命を守ってみせる。それまで皆さん、このボロボロな私を温かく見守って頂けると有難い。
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桜のプラネタリウム。

千鳥ヶ淵1

千鳥ヶ淵2
NIKON Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO64,SS1/200,f/6.3 NIKKOR Z MC105mm f/2.8 VR S


満天の空を泳ぐように
咲き誇る
それは
のプラネタリウム
遠い記憶の向こうで
微笑んだ
あなたの
優しい眼差し
今年もあなたの心に
満開ですか


 今年は花曇りの日が多く、の撮影に適した天候に中々恵まれなかったが、ギリギリ何とか間に合う事が出来た。昨年と同様、千鳥ヶ淵へと出掛ける。コロナ禍ではあるが、の名所だけあって凄い人出。流石に酒を煽って宴会に興じるようなマナー違反者はいなかったが人の流れが多いため、見物の邪魔にならないよう周りに気を遣いながらの撮影だった。
 にも色々と種類がある事は知っていても、代表的なソメイヨシノがどんななのか見ただけでは判別が付かない。撮影した桜は多分ソメイヨシノだと思う。そう言えば、先に投稿した芝桜だが、あるご婦人から『サクラソウ』だと教えて頂いた。サクラソウと芝桜、似て非なるものだが、いい加減花音痴から卒業しないと恥をかくだけである。知らぬが花とは別問題で、自分の知識の無さを曝け出す事ほど恥ずかしいものはない。撮影の前にその被写体について『知識を得る』をポリシーとして撮影に臨んでいる訳で、今年は沢山の花を撮影するつもりだから、何としてでも花音痴から脱却したい。
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ウクライナに自由と平和の鐘が鳴り響く。

自由の女神1

自由の女神2
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO200,SS/10秒,f/16 LAOWA FFⅡ 14mm f4.0

 黒海と繋がるアゾフ海に面した港湾都市として栄えたマリウポリ。観光地としても有名で、年間を通して数多くの観光客が訪れる美しい街であった。ロシア軍の軍事侵攻によって、現在は以前の面影を残す事もなく、ロシア軍の無差別攻撃により街は瓦礫の山と化し、見るも無惨な姿に変貌してしまった。
 ロシアウクライナへ軍事侵攻を開始してから既に約2ヶ月余り。当初はロシア軍の圧倒的な軍事力を持ってすればキーウ(キウイ)を3日で制圧出来ると高を括っていた盲目の暴君、プーチン大統領の目論見は屈強なウクライナ軍の徹底抗戦を前にして、大きく崩れ、作戦の甘さと方向転換を余儀なくされる事となり、親ロシア派が実効支配する東部ドンバス地方の掌握を最優先させる作戦へと舵を切った。南東部の要衝マリウポリへの攻撃は日毎に激化し、要塞化した製鉄所に立て籠もるアゾフ大隊との激しい戦闘が連日連夜続いている。
 マリウポリには未だに数多くの民間人が避難する事も出来ず、爆音と飛び交う銃声の中で恐れ戦きながら電気も水も食料さえもない極限状態を必死に耐え忍んでいる。ロシアの旗艦『モスクワ』がウクライナ側の対艦ミサイル『ネプチューン』2発が命中し、結果的に沈没した事について、ロシアはそれを認めてはいないものの、ロシア軍にとって大きな打撃になった事は間違いない。その報復として一時は平穏を取り戻していたキーウへ再びミサイル攻撃を開始。
 ゼレンスキー大統領の強気な姿勢も依然として健在で徹底抗戦の構えを変えておらず、今後の状況によってはアフガン戦争のように長期化し泥沼の戦いになる様相を指し示している。最も気がかりなのはロシア側が劣勢に陥った時、プーチンが化学兵器の使用或いは核のボタンを押すと言う最悪のシナリオが現実のものとなる事である。
 何れにせよもうこれ以上の市民、特に女性や子どもの犠牲が増える事があってはならない。ウクライナに本当の意味で自由と平和の鐘が鳴り響く事を切に願うばかりである。
※冬の間は寒さで行けなかったお台場へ久しぶりに行った。お台場は広く撮影スポットが多数存在しており、全てを周り切るには一日では物足りない。桜も満開でその下でランチを広げお花見を愉しんでいる家族やカップルを見て、日本の平和が永遠に続くようにと自由の女神像を見詰めながら祈った。
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スカイツリーに花が舞う。

河津桜1

河津桜2

河津桜4
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB曇天,ISO200,SS/1.3秒,f/8 Z24-200mm f/4-6.3VR

 河津桜が咲く頃になると東京ソラマチへ出掛ける。スカイツリーの直ぐ下を流れる『北十間川』に架かる『東武橋』の辺りに河津桜が2本立っており、数多くの写真愛好家や、観光客で賑わう人気の撮影スポットである。
 2月下旬~3月中旬辺りが見頃となり、ライトアップされたスカイツリーを背景にした河津桜とのコラボは何回見ても飽きる事のない東京を代表する風物詩となっている。ただ、残念な事に撮影範囲が狭く人が多くなる夜間は密集してしまうため、撮影ポイントを見つけるのに結構苦労する。誰が撮っても同じような構図となり、自分の個性を如何に引き出すか、その辺りで狭い中を試行錯誤しつつの撮影だった。
 日中なら兎も角、夜景ともなればやはり三脚を使いたい所ではあるが、『三脚禁止』の赤い文字が目立っている。それでもそんなルールお構いなしの若いカメラマン数人が堂々と三脚を広げて場所を占領してしまうため、その間を縫うように奥へと入り込み、ベストポジションを何とか確保した。
 私はつい最近、低い位置に咲いている花の撮影のため、卓上のミニ三脚(SLIK)を購入しており、この日もカメラに取り付けていた。その三脚を自分の胸を台にして押し当て、モニターを見ながら構図を決め撮影。10~15秒といった長時間露光は無理でもかなり遅いシャッタースピードで撮る事が出来た。電信柱にでもなった積りで自分さえ動かなければ何とかいけると思った訳で、これが意外にも使える事が分かりこれでまた撮影の可能性が広がったと嬉しくなった。
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心の奥に咲いた花。

寒桜
芝桜1
芝桜2
NIKON Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO64,SS/125,f/5 NIKKOR Z MC105mm f/2.8 VR S

人は誰しも
心の奥にを咲かせている
それが例えば
誰か好きな人のため
家族のため
世の中のため
或いは自分自身のため
心の奥に咲いた
決して枯れる事はない
それはあなた自身が
そんなのように
心の優しい人だから


 Zマウントのマクロレンズ、Z MC105mmを購入したので、自宅近所に咲いているを撮影に行った。音痴は相変わらずなので種類は解らぬが多分、寒桜芝桜ではないかと思う。マクロレンズはタムロンのSP90mmがあったので敢えて購入する必要もなかった。一眼レフのD810でタムキューを使っていた時は充分その優れた解像力を発揮してくれる非常に良いレンズだったのだが、ミラーレス一眼に変えてからどうもしっくり来ない。
 オートフォーカスが甘かったり、カメラ本体の手ブレ補正が使用出来なかったりと、少し不満を持ったのが購入の切っ掛けとなっている。ほぼ同時期に発売されたMC50mmとMC105mmのどちらにするかかなり迷った。MC50mmの方は何と言ってもその小さなサイズと軽さにある。写りも申し分のない優れたマクロレンズである事は間違いない。
 この両者を比較して様々な角度から検証して得た結果、やはりSラインのMC105mmに軍配が上がった。値段も12万と意外にリーズナブルである。因みにMC50mmは7万程度。購入してから後悔したくないので、ここは妥協せずMC105mmを選んだ訳である。私の得意とするのは風景写真なのでは結構苦手意識がある。それと風景よりも花を撮っている時の方がかなり体力を消耗する。マクロともなるとカメラを持つ手がプルプル震えるし、シャッターを切るまでの間は呼吸を止めて集中するから心肺機能の悪い私には実にハードな撮影となる。撮り終えた後、ハァハァと肩で息を整えるほど。だが、好きな女性を口説き落とすつもりで花に語りかけ、花がこちらに振り向いてくれた時の歓びは言葉では語れぬものがある。今後は積極的に花の撮影に取り組むつもりでいる。
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写真撮影はリハビリの一環である。

竹芝埠頭1

竹芝埠頭2

竹芝埠頭3
NIKON Z7Ⅱ,Mモード,WB曇天,ISO64,SS/2秒(100),f/14(11) Z14-30mm f/4 S

 昨年の6月下旬、撮影中に転倒し右脚に全治4ヶ月の大怪我を負った。一ヶ月間は腫れと痛みで撮影を断念し治療に専念。撮影許可が出たのは7月下旬だった。満を持して出掛けた場所が竹芝埠頭。都営大江戸線・大門駅から徒歩10分も掛からず、幾つかの撮影スポットが点在するこの場所が私は好きである。
 勿論、右脚の違和感は残ったままなので、出来るだけ体重を掛けず引き摺るように歩いた。東京湾を渡って来る潮風に吹かれながらシャッターを切る。カシャ、カシャ、その音が実に心地よく、溜まりに溜まった写欲が迸るように悠然と拡がる青い世界を捉えて行く。心臓病や慢性腎不全など大病を患っていると、自分が取る行動の殆どがリハビリの一環となる。
 思い起こせば2019年の3月下旬、掛かり付けである三井記念病院の裏にある公園で桜の写真を撮った事が私の撮影本能に火を付けた。それ以来、写真の世界へと深く深くのめり込むようになった。レインボーブリッジを徒歩で往復したり、最もハードだったのは自宅のある西台から荒川の上流にある『彩湖』まで徒歩で往復した時の事。2万5千歩を超えていたと記憶している。そんな無謀な行動が出来たのも只管、写真を撮りたいと言うシンプルな気持ちだけだった。カメラはスマフォだったので重量など気にする必要もなかった。そうして一年が経った頃スマフォカメラの限界を感じ、どうしても一眼レフが欲しくなった。中古のNikon D700を2万9千円で手に入れた。
 生まれて初めて一眼レフカメラに触れた時のあの胸踊る高揚感は今も忘れない。分厚い取説なんぞは邪魔臭く、好き勝手にカメラをいじりまわし、自己流でカメラのイロハを覚えて行った。被写体に向かう時は好きな人を口説くようにシャッターを切った。
 循環器の主治医が言った。「神戸さん、カメラ始めてから調子いいみたいだね」。「はい!先生、撮影している時は病気の事や悩みなど一切忘れる事が出来るんですよね」主治医は笑って「うん、うん」と頷いた。
 カメラと出会っていなかったら私は相変わらず心不全に悩まされ、入退院を繰り返す人生を送っていただろう。「病院のベッドが恋しい」と冗談を言っていた頃が懐かしい。帰港中だった東海汽船の『さるびあ丸』に乗って、いつか太平洋の船旅に出て、小笠原諸島の自然をカメラに収めてみたいと思っている。
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ジブリの世界へようこそ!!。

ジブリ
ジブリ01
NIKON Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO200,SS1/100,f/2.8 NIKKOR Z 28mm f/2.8

 押上のスカイツリーを撮影に行く際、必ず立ち寄る場所が『東京ソラマチ』の直ぐ近くにある『どんぐり共和国』。スタジオジブリ作品のキャラクターたちが所狭しと数多く揃っており、客の眼を愉しませてくれる。その中で最も人気のあるキャラが『トトロ』。正面ウインドウには、かなり大きなねこバスと小さなトトロの人形が展示されており来店客を出迎えてくれる。
 私の目的はキャラの購入ではなく、ただひたすら撮影するのみ。お気に入りのキャラを見つけ食い入るようにシャッターを切っていると、お店のオーナーらしきご婦人が話し掛けて来た。私は、春夏秋冬の年4回、必ず立ち寄り撮影しそれをInstagramに投稿している事を伝え、夏バージョンのトトロを見せるとご婦人は眼を丸くし驚き「これこの店ですか!」と信じられないような様子で撮影した何枚かの写真を見てくれた。
 私は撮影する際、必ず被写体に話し掛けるようにしている。すると不思議なもので想いが伝わったかのような表情を見せてくれるから面白い。
 さて、以前、Zマウントの単焦点レンズZ40mmを買う予定と記したが、手に入るのが早くて6月頃と言うので、それまでとても待てない私は同時期に発売した、Z28mm f2.8を衝動買いしてしまった。アップした写真はそのレンズで撮ったもの。重量160gと非常に軽く、しかも3万円と破格のお値段!28mmの広角レンズだが、最短撮影距離0.19mとかなり寄る事も出来るため、風景から物撮り、テーブルフォト、ポートレートまでと幅の広い撮影が可能な万能レンズである。
 その軽さの恩恵でもう1本レンズを持ち歩く事が可能になり、心臓の悪い私でもさほど苦にならないのは非常に有り難い。撮影の幅がまた一歩広がり愉しみがどんどん増えて行く今日この頃である。これでコロナさえ収まってくれれば言うことなしなのだが…。
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Winter of Tokyo Sky Tree!

スカイツリー22.2

スカイツリー22.3

スカイツリー22
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO200,SS/10秒,f/16 LAOWA FFⅡ 14mm f4.0

 今年の冬は例年に比べると寒さが厳しく、夜景撮影の好きな私も流石に撮影回数が極端に減ってしまった。昨年の今頃は週二回のペースで撮影に出掛けており、日によっては5月上旬のポカポカ陽気の日もあった。撮影時、熱くてジャケットを脱いで撮影した事を覚えている。心臓の悪い私にとって寒さは大敵、慢性的な心不全だから常に血の巡りが悪いところへ寒さで血管が縮み更に流れが悪くなる…。
 あんまり冷えると私の場合、舌の先の感覚が無くなり、口の中がなんとも嫌な感覚に見舞われるが、身体が温まってくればそれらの症状は消える。コロナ禍と言う事もありもしかして「感染?」と疑いたくなって来る。オミクロンは一向に減る気配を見せないし、このまま春を迎え人流が増えてくれば更に感染拡大し、一気に7波に突入なんてこともあり得るだろう。全く、困った世の中になってしまったものだ…。
 このスカイツリーは、1月28日に撮影したもの。その日は気温も10℃以上あり風もなく比較的温かい一日だった。寒さの限界まで堪えて撮影した大雪の日に比べれば、温泉に浸って撮影している気分だった。
 私が初めてスカイツリーを訪れたのは2012年8月の事。完成間もない電波塔としては世界一を誇るこのとてつもなく高い塔をひと目見ようと、全国各地から毎日大勢の観光客が訪れ、入場まで3時間待ちは当たり前の反響ぶりだった。当時、あまりの人の多さと長い待ち時間に圧倒され、結局の所、首が痛くなるほど見上げ記念写真を一枚撮っただけで終わってしまった。
 写真に興味がある訳でもなく、日記代わりにその日の思い出として撮影していただけの頃だった。一眼レフを始めてからは、幾度となくこの場所を訪れ撮影はするけれど、未だに登ってはいない。日中は味気ない鉄の塊のこの塔が夕暮れと共にライトアップされ、その姿を一変させる。季節やイベント等により変化する光のパレードは見るものを魅了し、東京のシンボルとして多くの人から愛されている。嘗て東京タワーがそうだったように、人々の幸福を願いながら今夜も光輝いている…。
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夕暮れ哀歌。

勝島運河01

勝島運河
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB曇天,ISO64,SS1/40秒,f/7.1 Z14-30mm f/4 S


燃える夕陽に手を翳し
さよなら告げる
涙のしぶき
運河を渡る船の影
水の波紋に心も揺れて
走る去るのは
貴方への想いと
夕陽に染まる二人の影
二度と戻らぬ
わたしたち
過ち諌めて日が暮れる


 京浜急行の立会川駅から徒歩数分の所に『しながわ花海道』があり、四季を通して色とりどりの花を散歩がてら楽しむ事が出来る。その道を鮫洲試験場方面へ20分ほど歩くと、勝島運河に架かる鮫洲橋に出る。この夕景はその橋の上から撮影。真っ赤に染まる夕陽とその下をタイミング良くその日の仕事を終えたタグボート曳船)が係留場所の『船だまり』へと帰港して来た所を捉えた。美しい航跡が左右に拡がり大きな波紋となって行く。そこに夕陽の赤が反射して現実離れした美しさを醸し出していた。その神秘的な風景に私は何度もシャッターを切った。
 橋の上に1時間近くいたと思うが、時間は覚えていない。同じ場所から撮った写真が50枚以上ある事から時間の経過とともに変わりゆく自然が織りなす一期一会を根気よく納得出来るまで追い求めていたのだと思う。
 夕暮れ時は美しいけれどもその反面何処か悲しく哀愁を抱かせる。それ故、出来上がったポエムもやはり『終わった恋』或いは悲恋がテーマとなって来る。撮影している最中に空から言葉が降って来る…そんな感じで詩が生まれる訳である。
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パンデミックが終焉する日。

神田明神2022
神田明神2022.1
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO200,SS/8秒,f/16 LAOWA FFⅡ 14mm f4.0

 正月3が日は新型コロナの感染者も比較的少なく、各地の神社には初詣に訪れる人々で賑わっていた。私は少し時期をずらして1月17日に神田明神(神田神社)へ赴いた。参拝客も少なく撮影もスムーズに行う事が出来た。おそらく誰もが思っているであろう、コロナ収束を祈願し、マスクの要らない日常を待ち望んでいるに違いない…。
 だが突きつけられる現実はそう甘くはなかった。僅か一ヶ月の間に感染者が全国で8万人を超えると言う、オミクロン株の急激な感染拡大により、日本全国に『まん延防止措置』が適用され、東京は『緊急事態宣言』の目安となる病床使用率が50%を超えた。
 オミクロン株は「重症化しない」「風邪と同じ」という言葉だけがひとり歩きし始め、人々の気持ちに油断と軽視する風潮が蔓延り始めていたのも確かである。それが更に感染拡大に拍車を掛け、あっという間に感染爆発が国内でも広まってしまった。
 オミクロン株の猛烈な感染スピードは人智を超える全く持って想定外の事態だったのだろう。それ故、政府の対応は今回も後手に回り、3回めのワクチン接種も著しく遅延し、それに加えて検査キットやPCR検査試薬の不足が現状を更に悪化させている要因となっている。これらは全て政府の見通しの甘さが招いた人的被害と言えるだろう。
 この2年コロナと向き合って来て、教訓を嫌と言うほど得ているにも関わらず、相変わらず旧態依然とした対応に、国民もうんざりしているのではないだろうか?3回めのワクチン接種が終わる頃にはピークが過ぎ、次に控えている『ステルスオミクロン』と呼ばれる亜種の『BA.2型』に置き換わり、ゴールデンウィーク辺りは第7波に見舞われているかも知れない。先の見えないパンデミックの終焉はいつになったら訪れるのだろうか…。
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夜空に輝くFlower Ring。

観覧車22.1

観覧車22
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO200,SS/25秒,f/16 Z14-30mm f/4 S


 この写真は昨年の秋、コスモスと観覧車のコラボを撮りたいと思い訪れた『葛西臨海公園』の時に撮影したもの。以前にも触れたが秋桜は何処にも咲いておらず、私の想いは空虚な秋の片隅へと追いやられた。何の成果もなく帰る気にはなれず、海の様に広い公園内を歩き回り、夕暮れが訪れるまで時間を潰した。
 その日は見事なまでの夕陽が美しく、東京湾の果に沈み征く太陽の姿をカメラに収める事が出来た。やがて夜の帳が太陽の残光で群青色に染まる頃、観覧車のある方へと歩を進めた。葛西臨海公園の目玉は何と言っても直径111m、高さ117mを誇る日本最大の『ダイヤと花の大観覧車』である。乗れば尚更、その観覧車から見下ろす東京の姿を一望出来、異空間の世界へと人を誘ってくれるだろう。
 私はこの大観覧車を首が痛くなるほど見上げ、そしてシャッターを切った。2枚目の写真は長時間露光で撮影。観覧車はゆっくり動いているから、シャッタースピードを遅く設定して撮ると、まるで高速回転しているように撮れるから面白い。肉眼では絶対見ることの出来ない姿がカメラで表現出来るのだ。
 夜景撮影の醍醐味はなんと言っても普段見る事の出来ない風景を映し出してくれるため、ハマるともう止められない。カメラはタバコやアルコールのようにどこか中毒性の魅力を秘めている気がする。レンズもマクロ~超広角まで一通り揃ったからもう不要と一時は思うのだが、少しするとまた別のレンズが欲しくなる。カメラが金食い虫と言われる所以である。私が今、一番欲しいのはZマウントのZ 40mm f2なのだが、かなりの人気商品のため、生産が間に合わないらしい。今年の春頃には手に入れたいと思っているのだが…。
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東京ジャンクションVol3!。

江北JCT

江北JCT01
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO200,SS/15秒,f/16 Z14-30mm f/4 S


 JCT(ジャンクション)シリーズも3回目となるが、今回は足立区にある『江北ジャンクション荒川を跨いで走るアーチ型の『五色桜大橋』は圧巻である。都心との大きな違いは周りに高層ビル群が殆どないため、荒川土手からその迫力ある姿を楽しむ事が出来る。土手には人が殆どいないため、撮影ポイントに迷う事もなく周りに気を遣う必要もない。狙い目はやはり夕暮れ時が最も美しい。
 被写体が巨大な建造物のため、全体をカメラに収めようとするならやはり20~12mmの超広角レンズが望ましい。日暮里・舎人ライナーの『扇大橋』で下車し、徒歩15分程度で現地に着く。
 このJCTシリーズ、都内の全てを撮り終えるとするなら後どのくらい掛かるだろうか?ネットで調べて見ると大小合わせて30箇所になるようだ。今年1年で終わらせる事は可能だが、JCTばかり撮ってもその内飽きてしまうだろうし、工場夜景にも挑戦したいし、新しいレンズが手に入るとお気に入りの場所には何度も足を運ぶ事になる。同じ被写体でもレンズが変わればその表情も大きく変わってくるからきりがないのである。兎に角、自分が元気な内に出来るだけ多くの写真を撮っておきたいので、時間と身体が許す限り被写体を求めて出掛けるようにしている。
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2022年始動、虎の如く強くあれ!

寅

寅01
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO200,SS1/50,f/6.3 Z24-200mm f/4-6.3VR


A Happy New Year!


 皆さま、新年明けましておめでとうございます。
 昨年は当ブログに訪問頂き心より御礼申し上げます。今年一年が皆さまにとって、希望に溢れた明るい年になるようお祈り申し上げます。写真ブログとしてはまだ2年余りと若輩者ではありますが、皆さまの心に残るような写真を目指し、今年も邁進してまいりますので昨年同様、今年も宜しくお付き合いのほどお願い致します。

 さて、昨年を振り返ってみれば、やはり『コロナ』に翻弄され、毎日報道される感染者の数に一喜一憂し、一年を通して『緊急事態宣言』の繰り返しにうんざりするほどのため息しか出ず、それが撮影にも影響を受け、好きな夜景も思うように撮れないと言う、不都合な日々の中でもがいていた自分を思い出す。『レインボーブリッジの夕暮れ』を撮るのだと少し無茶をし、その帰り道で転倒しその結果、右脚に全治4ヶ月の大怪我を負ってしまうと言う、なんとも不甲斐ない状態に陥ってしまった。
 幼い頃から痛みには慣れっこであったが、これまで味わった痛みの中で、この怪我が一番痛かった。1ヶ月間はまともに歩けず随分と不自由な思いをしたが、普通に歩ける事の有り難さを身を持って痛感した。結局、完治するまで半年も掛かってしまったが、これを機に絶対に無理はしないと心に誓った。あれほどの大怪我にも関わらず骨折を免れたのは奇跡とも言える。昔から運は良い方だが私は常に幸運の女神に守られているのだと実感している。そう言えばもう何年も入院から遠ざかっており、2017年9月に抜歯のため入院したのが最後でそれ以来入院とは縁がない。4年以上入院0が続いている!心不全で年に何度か救急搬送されていた自分が今は存在していないのだ。心臓疾患だけでも4つ抱えそれに加えて慢性腎不全もある。確かに薬だけはもうこれ以上は増やせないと主治医が嘆くほど増えてしまったが、それとは裏腹に私はすこぶる元気が良い!これも一眼レフを始めたその恩恵なのだと思う。
 自分の情熱を傾ける事が出来る何かが在ると無いとでは雲泥の差。健康にはもう慣れないけれどそんな高望みはしないし、今の自分が充実していればそれで全て良し。今年の干支寅年なので12月中旬、上野動物園へと出掛けた。本当は野生のを撮りたいと思ったがそれは無理。コロナ禍を考慮して混雑を避けるため完全予約制であった。親子のトラを撮りたかったなぁ…。もう少しアップの写真が欲しかったが望遠レンズを持っていないので、高倍率のズームレンズを使った。爪研ぎしている姿を見た時、やっぱり大きな猫だ!とつい笑みが溢れた。それにしてもこのトラ君、名前は知らないがしっかりカメラ目線でこちらを向いてくれた。
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君が紅く色付く季節に。

九品仏
九品仏01
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO500,SS1/160,f/10 Z24-200mm f/4-6.3VR

初めて口紅塗ったのは
わたしが15のだった
もみじの紅が好きだと
あなたが言った事
遠い昔のおとぎ話しだけれど
わたしは今でも忘れない
君が紅く色付く季節
迎えに来るよと
あなたの優しい眼差しが
語っていた
幾度となく季節
わたしの中を通り過ぎ
朱い紅が溶けてくちびるを濡らす
二度と戻らぬ二人の季節
さよならの手を振って

 都内の紅葉名所と言えば数多くあるが、これまで訪れた事のない『六義園』へと赴いた。国の特別名勝にも指定されているため、さぞ美しい紅葉が望めるだろと期待で胸を膨らませていたのだが…。空は雲ひとつない快晴!絶好の撮影日和であった。整備や手入れの行き届いた日本庭園は見事である。然し、何処を見渡しても私が求める紅葉が見当たらないのだ。新宿御苑のような広大な敷地ではないから2時間程度歩けば園内全てを見る事が出来たが、結果的に自分の撮影意欲を充たす被写体と出会う事は出来なかった。コスモスの時と同じ様に、このまま終わる訳には行かないので別の日に今度は『旧古河庭園』へと足を運んだ。
 こちらも六義園と似たりよったりではあったが『洋館とバラ園』もあり、前者よりも僅かだが心が動いたのは確かだった。ここには『手水鉢』があると言うので是非とも撮影したと思い地図を見ながらさほど広くない園内を回ってみたのだが目的の物が見つからない。気が付くといつの間にか園を3周していた。そして最後にやっと見つけた『手水鉢』は実に残念な事に紅葉一つも浮かんでおらず枯れ葉のみだった…。
 結局、今回も紅葉に振り回される結果となったが、庭園は止めて寺院紅葉に眼を向け、選んだ場所がここも初めての『九品仏浄真寺』であった。東急大井町線にある各駅しか停まらない小さな駅。その昔、上京したばかりの頃、大井町に住居を構え、大井町線には何度も乗った事があった。その頃は車体が濃い緑色だったと記憶している。
 何十年振りだろう大井町線に乗るのは…。ギターを質屋に入れて作った1万円をズボンのポケットに突っ込み、東海道線の各駅に乗り東京を目指したあの無造作な自分の姿が脳裏を駆け巡った。九品仏駅を下り、ほんの少し歩くと『浄真寺』へと続く参道に入る。道の左右には自分の眼の前にまで垂れ下がった紅葉が出迎えてくれた。この時「これだ!」と撮影意欲が爆発したのである。やっと自分が求めていた紅葉に出会えて、無我夢中でシャッターを切った。目標があったなら何事も諦めてはいけないのである。写真は一期一会。その時、その瞬間が自分の世界となるのだから。
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隅田川Special Night。

テラス隅田川

隅田川テラス01
Nikon D810,Mモード,WB晴天,ISO125,SS/20秒(電子先幕シャッター),f/22 SAMYANG14mm F2.8 ED AS IF UMC

 この隅田川の写真は今年3月、一眼レフのD810で撮影したもの。レンズはサムヤンの単焦点14mmを使用。以前、絞り羽の枚数と光芒の関係について解説したが、同じ枚数でも単焦点とズームレンズとでは光芒の現れ方が明らかに違って来る。やはり単焦点レンズの方が美しいと私は思うがこれは個人によって好みが分かれるだろう。
 カメラに詳しい方であればご存知だと思うが、単焦点レンズのメリットを上げると、とにかく画質が良い。明るいレンズほど背景のボケが美しい。コンパクトなレンズが多く軽いし持ち運びが楽…等、まだまだあるが、デメリットも勿論ある。焦点距離が固定のため不便。撮影範囲が限られる、少し距離のある被写体を撮るには自分から近づいて撮る必要がある…等。
 そして何と言っても単焦点は写真の練習に最適なレンズでもある。単焦点を使いこなせるようになれば撮影技術の上達も早くなる。超低価格なサムヤンはロングセラーな製品でその価格とは思えぬほど高い解像度を誇る。特に夜景の撮影には最適な1本であるが、私はミラーレス一眼購入資金のため手放してしまい今頃になって少し後悔している。かと言ってもう一度同じ製品を購入するのも馬鹿げているし、どうせ買うのであればLAOWA(ラオワ)14mm辺りが良いかなぁと思ったりしている。
 SIGMAも好きなレンズであるが現時点でZマウントの製品が出ていないのが残念だ。超広角レンズの単焦点で最も使いやすいのが20mmクラス。風景だけでなく花などや小物などのアクセアリー類を撮る時には背景の玉ボケが実に美しく撮れる。ミラーレス一眼の軽さには随分助けれているが、時々あの重いD810の感触を手が覚えており、郷愁に駆られたりしている…。
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情熱のLast Dance。

鳩山会館・薔薇
鳩山会館01
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO64,SS1/400,f/3.5 TAMRON SP90mm f/2.8 Di MACRO VC USD


優雅なドレスを身に纏い
粋なステップ軽やかに
観るもの全てを魅了する
魔性の笑み浮かべて
私の心を虜にする
さあ その情熱のラスト・ダンスで
最後の恋を咲かせて欲しい


 昨年は芝公園の秋バラを撮影したので、今回も同じ場所へ行ってみたのだが何処にも薔薇は咲いておらず空振りに終わった。コスモスの時は4度も場所変えて漸く撮影出来たが、今年はどうもに嫌われてしまったようだ。一度撮ると決めたら何があろうとも実行するのが私のポリシーなので一切妥協はしない。
 芝公園を諦めそして選んだのが『鳩山会館』だった。有楽町線の江戸川橋で下車し、徒歩10分も掛からない場所にその洋館はあった。初めての訪問だったので心踊らせながら行った訳だが、大きな門の所で一旦立ち止まってしまった。長い上り坂が延々と続いてるのである…。心臓の悪い私が最も苦手とするのが上り坂と階段だ。
 それまで軽やかだった歩調が一気に重くなり中々前へと進まない…。肩で息をしながら途中にあった休憩場所に腰を下ろし、コンビニで買ったおにぎり一つを頬張った。5分ほど休憩し荒かった息が静まったのを見計らって、今度は一気に登り切る。すると大正時代にタイムスリップしたかのような美しい洋館が姿を現した。バラ園のある中庭へ行くには建物の中を通る。陽当りの良い居間には様式の椅子と大きな四角いテーブル、そして鳩山一郎が嘗て使っていたであろう様々なグッズが展示されていた。
 拝観料が有料だけあってバラの手入れもしっかりされており、管理人らしき女性と初老の男性が黙々と作業を続けていた。戦後の日本の政治が此処から生まれ、世界へと羽ばたいて行ったであろう事は華やかな薔薇と洋館の佇まいから感じて取れた。
 薔薇に限らずを撮るならやはりマクロレンズが一番であるが、被写体との絶妙な距離感が大事で、マクロだからと言って極端にアップで撮る必要はない。そのの持つ魅力を如何に引き出すかである。因みにを撮る時はオートフォーカスではなく、マニュアルに切り替えて撮影している。
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東京ジャンクションVol2。

有明JCT

有明JCT01
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO125,SS/30秒,f/16,SIGMA 12-24mm f4.5-5.6ⅡDG HSM

 先に投稿したリゾートホテルの直ぐ近くにこの『有明ジャンクション』がある。ゆりかもめに乗って『台場』で降りれば、さほど歩く事もなく十数分で現地に着くが、レインボーブリッジと首都高速を撮影するとなれば『有明緑道公園釣りエリア』を北に向かい高速道路に沿って進めば良い。一枚目のレインボーブリッジや東京タワーが写り込んでいる方は夕暮れ時のトワイライトタイムを狙って撮っている。絞り18、露出時間25秒。ISO100の設定とした。
 突き当りのエリアは緑道公園になっており、そこから眺めるレインボーブリッジも絶景であるが、望遠レンズがあれば尚良い。公園の向こう側は『豊洲ぐるり公園』。休日ともなれば多くの釣人で賑わっている。
 JCTジャンクション)の夜景撮影がブームになったのは10年以上も前の事で、書籍まで発売されていたらしい。その前は『工場夜景』が人気で、現在ではブームも定着しており、JCTよりもどちらかと言えば工場の方が初心者向きと言えるかも知れない。三脚を使えば一眼レフでなくともスマフォで綺麗に撮れるようだ。
 私の場合JCTが先になったので工場夜景はまだ未知の世界。いずれは撮るのだけれど、やはり川崎の浮島町にある工場地帯だろうか。ただ、歩いて行けるのか調べた訳ではないのでなんとも言えないのだが…。自分が徒歩で行ける判断基準はグーグル・マップで調べ徒歩30分圏内ならOKである。足の怪我は別として心不全を起因とする体調不良が続いていた為、ここ暫くは撮影自体を止めていた。11月初旬に入院寸前で主治医に入院を勧められたが断り、自宅静養とし1週間で体重を3キロ近く落とし、自力で回復させた。かなり無茶をして撮影を続けたのが祟ったのだろう…。
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五輪カラーに光る橋Part3。

清洲橋2021

清洲橋2021.1
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO100,SS/10秒,f/16,SIGMA 12-24mm f4.5-5.6ⅡDG HSM

 隅田川に架かる橋の五輪カラーシリーズもいよいよこの清洲橋でラストとなる。他にも幾つか撮影したが、最もライトアップが美しいものだけをピックアップしたつもりだ。他の橋と比べると、その優美な吊橋は何処か異国情調が溢れるデザインとなっているが、調べてみるとドイツの『ヒンデンブルク橋』をモデルとして設計されたようだ。
 関東大震災の復興事業として、永代橋と共に計画されたと言う。2007年には国の重要文化財に指定されており、橋の歴史を紐解くと新たな発見と驚きに満ち、撮影意欲も益々高まって来る。被写体について何も知らずに撮るのと、ある程度の知識を持って撮るのとでは、雲泥の差が生じる。つまり被写体に心から寄り添い敬う事によって、作品としての完成度も高まって来るものと思う。
 夕景や夜景撮影にも随分慣れて来た事もあり、細かな設定は辺りの雰囲気や灯りの数などで瞬時に判断する事が出来るようになった。一眼レフからミラーレス一眼に変わり、電子ビューファインダーの恩恵を十分受ける事が出来、撮影ミスが極端に減った。天候が写真の出来具合を左右する大きな要素となるため、撮影の予定がある日は先ず、空を眺めるようにしている。風景写真に動きを入れるにはやはり『雲』の存在が大きな鍵となる。超広角レンズを使う場合は尚更、雲のあるなしで随分と空の表情も変わってくる。
 真夏の入道雲などを見かけるとつい、興奮して身体が踊ってしまうのだ。秋から冬にかけては美しい夕暮れ、トワイライトタイムが待ち遠しい。足の怪我がまだ完全に戻っていないため余り無理は出来ないが、東京ゲートブリッジを早く撮りたいと思っている。
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高級リゾートホテルへようこそ。

リゾートホテル02
リゾートホテル01
Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB曇天,ISO100,SS/20秒,f/16,SIGMA 12-24mm f4.5-5.6ⅡDG HSM

 ミラーレス一眼のZ7Ⅱで初めて撮影した夜景がこのリゾートホテル『ホテルトラスティ東京ベイサイド』。お台場にある『夢の大橋』を有明方面に渡ると直ぐそこに聳え立つツインタワーのビル。初めてこのビルを見た時、ホテルとは知らず高級マンションかと思った。一見、都庁にも似ているこのビルが、夜になるとその表情を一変させ、「一度は泊まってみたい」と思わせる演出が心憎い。
 この時はまだZレンズを持っていなかったのでFマウントのSIGMA12-24mmを使用。後になって14-30mmのZレンズを購入する訳だが、私的にはSIGMAの方が好みである。12と14mmでは僅か2mmの差ではあるが、この2mm、『痒い所に手が届く』ほどの大きな差がある事に使ってみて実感した。超広角レンズの弱点は四隅の解像度がどうしても甘くなりがちなのだが、SIGMAは隅々までシャープに解像し、昼夜、区別なく見事なまでのクオリティを実現している。
 2011年8月発売だから10年も前のレンズなのだが古さを全く感じさせない辺りはレンズへの拘りを追求したSIGMAならではの技術力ではないだろうか。一眼レフのD810に装着していた時は全く気にもしなかったが、軽いZ7Ⅱへ装着するとカメラ本体よりもレンズの方が若干ではあるが重いため、撮影時はバランスを崩さない配慮が必要かと思われる。但し、夕景や夜景撮影時に三脚を利用する際は重量の事は気にする必要もなく、撮影に集中出来る。
 購入したばかりのミラーレス一眼だった事もあり、細かな設定がまだ理解出来ておらず適当に撮影してしまったが、仕上がりを見ると何とか及第点を付けてもよいと思う。
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