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ビーチサイドの人魚姫
俊樹

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が 迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

ちびまる子ちゃんと清水時代の事(追悼)。

2018年09月05日
芸能 16
ちびまる子



 子どもから大人まで幅広いファン層に支持され、愛され続けた国民的人気アニメちびまる子ちゃん』の作者・さくらももこさんが、8月15日乳がんのため亡くなった。まだ53歳というその早すぎる死に多くのファンや関係者が言葉を失い悲嘆に暮れた。
 彼女ががんで闘病中だった事は一切公表されたいなかったこともあり、訃報が届いた時は「まさか?」の不意打ちで誰もが素直にその死を受け入れる事が出来なかったのではないだろうか。ここでももこさんについて多くを語る必要もないが、同じ郷里の出身者として鎮魂の意味も込めて記しておきたいと思う。
 彼女自身の幼き頃の姿を投影した「ちびまる子ちゃん(漫画)」は累計3千2百万部を越える国民的ベストセラーとなり、1990年からはアニメ化も始まり、日曜日の夕暮れ時、一家団欒のお茶の間には無くてはならない番組となった。主題歌の『おどるポンポコリン』は日本レコード大賞を受賞するなど、累計売上190万枚とアニメソングとしては空前絶後の大ヒットとなった。
 私は養護学校を卒業した後(15~16歳)、清水市(現:清水区)駒越にある療養型職業訓練施設に入所し、そこで約2年を過ごした。清水市万世町には親戚がおり、食道がんで亡くなった親友(53歳)も清水市出身で、友人・知人も多く住んでいるため清水は馴染み深い土地であった。
 休日ともなれば清水銀座商店街を友人たちと闊歩し、駅前銀座にあった長崎屋の販売員にひと目惚れし通い詰めたりと、恋愛の真似事や、早く大人になりたくて必死で背伸びしていたものである。施設から徒歩10分も歩けばそこには久能海岸が広がっており、波打際に並んだテトラポットに、駿河湾の荒波が音を立てて砕け散っていた。思春期の甘酸っぱい想い出がぎっしり詰まった清水時代でもある。
 海岸から富士山の方角に視線を投げれば手の届きそうな所に三保の松原があり、さくらももこさんもおそらく何度かは訪れていた事は想像が付く。彼女が清水市のどの辺りに住んでいたのかは知らないが、もしかすると幼少期の彼女と何処かですれ違ったり、施設の近所で元気に遊び回っていた小学生の女の子がももこさんだったりしたかも知れない。
 昭和49~50年前後の何気ないありふれた日常の一般家庭を描いた『ちびまる子ちゃん』の世界観は、昭和の良き時代のノスタルジーと相まって多くの人々の共感呼んだ。そしてまた現代社会で失われつつある家族本来の姿をユーモアも交えつつ、人との繋がりや家族の大切さを分かりやすく伝えてくれていた。
 きっと今頃は広い空の上ではしゃぎならが走り回っているちびまる子ちゃんが居るに違いない。さくらももこさん、お疲れさまでした。安らかにお眠り下さい(合掌)。

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俊樹
この記事を書いた人: 俊樹
本名/神戸俊樹
静岡県藤枝市出身。
19歳の時に受けた心臓手術を切っ掛けに20歳から詩を書き始める。
2005年3月詩集天国の地図を文芸社より出版、全国デビューを果たす。
うつ病回復をきっかけに詩の創作を再開。
長編小説「届かなかった僕の歌」三部作(幼少編・養護学校編・青春編)父を主人公にした(番外編)を現在執筆中。
詩、小説、エッセイ、作詞など幅広く創作。
2019年9月、一眼レフデビュー。NikonD700を使用。

コメント16件

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yumi

おはようございます

ほんとに一世を風靡した国民的ベストセラーであり
国民的ヒーローでもあったちびまる子ちゃん
その育ての親であるさくらももこさんの逝去は日本だけじゃなく
海外の人たちまでをも悲しませたものでしたね…

どこか懐かしく、今では少しづつ遠のいていく昭和の暮らしが
レトロ感あり、温かく優しく包んでくれるものでしたね…

ほんとにご冥福をお祈りいたします。。

2018年09月05日 (水) 11:07

みけ

どちらかというと
サザエさん世代ですが
ちびまる子ちゃんも 娘と観てたりで
とても懐かしいです。

早すぎるお別れに
寂しくなりましたが
さくらさんは ちびまる子ちゃんとともに
みんなの胸の中に生きていくんだなぁと思うと
心も まるくなってきます (●´ω`●)e-420

2018年09月05日 (水) 16:18

マーニャ♪

この間の西城秀樹さんの時もショックでしたが
さくらももこさんも驚きました。
ちびまる子ちゃんと秀樹さん接点ありましたしね。
お二人とも、まだ若過ぎます(>_<)

さくらももこさんと私は年齢も近いので
ちびまる子ちゃんの世界観、よく分かるんですよねぇ。
ホント残念です…。

2018年09月05日 (水) 17:00

ネリム

こんばんわ
さくら先生の他界は残念としか言いようがありません
ちびまる子ちゃんは小さい頃良く見ていました。
さくら先生のご冥福をお祈りします

2018年09月05日 (水) 17:08

ふたごパンダ

こんばんは♪

さくらももこさん好きでした。
ちびまるこちゃんもコジコジもエッセイも
いろいろ読みました。
早いお別れが悲しいです(´;ω;`)ウゥゥ

2018年09月05日 (水) 20:49

koyuri

又、一つの時代が

終わってしまった感じですね。

歳の若い人の訃報を聞くのは嫌なモノです。

もう少し長生きして欲しかったのに残念です。

2018年09月05日 (水) 23:01

吟遊紳士

清水には何度か釣りに行きました。
クロダイのかかり釣りで有名で釣り宿に泊まり翌早朝にボートで
係留してもらい、おからをコマセに使う特殊な釣りに魅せられたものです(^^♪
良い所です(⋈◍>◡<◍)。✧♡

2018年09月06日 (木) 07:08

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2018年09月06日 (木) 14:59

ダリルジョン

おはようございます!

丁度、私達の家族旅行の時に訃報を聞きました、
それも、静岡で、、、

年齢も私と同じ世代、、、
あの頃をシュールにかつコミカルに表現してくれていて、
あの時間帯の「サザエさん一家」とは、また違う昭和を見せてくれていましたね。

磯野フネ役の麻生美代子さんもお亡くなり、
昭和が少しずつなくなっていく気がします、、、

ご冥福をお祈る、それだけです。

2018年09月07日 (金) 06:40

雪野繭

誰であっても、若い人の訃報を聞くのは辛いですね。
最近は長生きする人と若死にする人の両極端に分かれているような気がします。
昔は50〜60歳くらいが平均寿命でしたから、
その基準で言えば、特別に早死にでもないのかもしれませんが。
ちなみに私は50歳まで生きられないと、自分で決めていたので、今は余生です。
生きているうちに、やりたいことができた人は幸せだと思っています。

2018年09月07日 (金) 11:43

sado jo

平成時代も本年を持って終了しますね。
思えば、昭和の後期に生まれた人もみんな30を超える中年になった訳です。
今時、昭和の香り漂うテレビアニメで残っているのはさざえさんとちびまる子ちゃんくらいですか?
作者が世を去っても作品は生き残って人々に愛される…さくらももこさんのご冥福をお祈りいたします。

2018年09月07日 (金) 13:50

よしお

こんにちは

確かに有名な方でしたからねぇ~。
関係者の方たちなど残念でしょうねぇ(・。・)

2018年09月07日 (金) 15:45

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2018年09月10日 (月) 20:50

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2018年09月11日 (火) 19:25

めろん

初めまして

さくらももこさん亡くなったと聞きびっくりです

わたしとまるきり同世代

サザエさん見て西城秀樹さん見て育った世代です
ちびまる子ちゃんは デジャヴ感に溢れた印象で原作熟読してました

凄い喪失感があります

合掌

2018年09月11日 (火) 21:14

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2018年09月14日 (金) 10:31